「神様も恋をする」番外編「神様と元神様」




ある日ぼくは、久し振りに銀華さまに会うために、人間界にへ出掛けることにした。
自分たちの前の神様に会いに行くなんて言ったら、普通は今の神様さまはいい気はしない。
でもきっと青城さまはそんなことは気にしないと思う。
あっそう、なんて言ってそれで終わりそうだ。
だけどあまり知られたくない内容だったとしたら、やっぱりそれはばれないようにしなければいけない。
ぼくと紅は、青城さまがどんな方なのかよく知らない。
もしかしたら銀華さまなら知っているかもしれないと思ったから。
そんなことが青城さま本人にばれたら、「なんだそんなに俺が好きか」なんてからかわれるに決まっている。
仕方がないから、紅にはお留守番をしてもらって、ぼくだけで行くことにした。


「じゃあ気をつけてな。もし迷ったら誰かに声をかけて…。」
「大丈夫だよー。紅ってば心配性なんだから。」
「ご、ごめん…。そうだよな…。」
「ううんありがと。お家のこと、よろしくね。」

もう何度も人間界には行ってるんだ。
道も覚えているし、シロの家も知ってる。
優しそうな人間に聞くことだって出来る。
ぼくだけっていうのは初めてだけど、紅は心配し過ぎだよ…。
でも、そういう優しい紅のことが、ぼくは大好きなんだ。


「桃…。」
「はい?……わっ!」

洞穴に足を半分入れたぼくの腕を、紅が強く引っ張る。
ぎゅっと抱き締められて、頬に紅の唇が触れた。
紅って、普段はあんまり喋らないのに、こういうことは積極的なんだ…。
ぼくの掴まれた腕が、頬が、全身が熱くなってしまう。


「いってらっしゃい。」
「べ、紅…。い、行って来ます!」

名残り惜しそうに離れた紅の顔をまともに見れないまま、僕は人間界への扉を開いた。
たったこれだけでも、寂しいものなんだ。
ちゅーなんかしないで欲しかったなぁ…。
なんて、ぼくだってもう子供じゃないんだ、ちょっとだけ出掛けるぐらい出来ないといけない。
それに、戻った時の紅の笑顔を思い浮かべれば、楽しみも増える。
ぼくは半分寂しくて、半分楽しい気分で、人間界へ向かった。







「銀華さまぁーいますかー?桃ですぅー、銀華さまぁー?」

人間界に着いたぼくは、覚えていた通りの道を歩いた。
紅が心配する必要もないぐらい、迷うこともなく銀華さまの住処に辿り着くことが出来た。
大きくて分厚そうな扉を、ドンドンと叩く。


「あれぇ…?いないのかなぁ…?」

何度呼んでも、銀華さまは出て来ない。
銀華さまがぼくを忘れるわけがないし、気付かないなんてこともあるわけがない。
銀華さまは神様だった時から、何に対しても敏感だった。
こんなに大きな音を、聞き逃すわけがない。


「うーん…。よしっ、待ってよう!」

ぼくが思うに、銀華さまはちょっとだけお出掛けしているんだ。
銀華さまの恋人の人間は毎日お仕事に行っている。
その間銀華さまが一人で遊びに行ったりすることはない。
お出掛けするのは、お買い物ぐらいだと言っていたのを、ぼくは思い出したのだ。
ぼくは玄関の扉の下に座り込んだまま、春のぽかぽか陽気の中、うとうとし始めていた。


「…も、……も、桃?」
「んにゃ…、銀華さまぁー…むにゃ…。」
「桃、どうしたのだ、桃?」
「……わぁっ!ぎ、銀華さま!ごめんなさいぼく…!」

銀華さまが呼ぶ声と、自分の寝言で目が覚めた。
ぼくってばいつもこうなんだ…、どこでも寝ちゃうんだよね…。
よだれまで垂らして寝てしまっていたのが恥ずかしくなって、必死で銀華さまに謝る。


「久し振りだな、桃。」
「ぎ、銀華さまぁー会いたかったですぅー!」

そんなぼくを、銀華さまは優しく撫でてくれた。
とても穏やかな笑顔で、ぼくは一気に嬉しくなって銀華さまの胸の飛び込んだ。


「茶しかないが…よいか?桃は甘い菓子が好きだったな。」
「はいっ!ありがとうございますっ!」

すぐにぼくはお家に上げてもらった。
台所では何やら美味しそうな匂いがして、ご飯の支度がしてあるのがわかった。
銀華さまはなんでも完璧にするお方だから、材料が足りなくなって出掛けていたのだ。


「今日はお前だけで来たのか?紅はどうしたのだ。」
「あっ、はい、紅は…、あの、青城さま本人に知らると困るので…。」

ぼくと紅は、最近ずっと青城さまに関して話していたんだ。
もし青城さまのことで何か面白い話でもあればそれで脅せるなんて紅は張り切っていた。
他に知っている人は神界にはいないし、銀華さまは頼りになるお方だ。
ぼくがその話を続けようとした時、銀華さまの顔色が変わった。


「青城…?青城と言ったか?」
「はいそうです、ぼくたち今青城さまに…。ぎ、銀華さま?」
「桃、お前何かされたのか。」
「えっ、あ、いえ…。あの、銀華さま顔が恐いです…。」

銀華さまが珍しく眉間に皺を寄せて感情を露にしている。
ぼくの肩を掴む手が小刻みに震えて、持っていた茶碗が落ちて割れる。


「あぁ、すまぬ…。嫌な名前を聞いたものでな。」
「銀華さまは青城さまをご存知なのですか?」
「まぁ…、それは私も同じ神だったのだからな。」
「やっぱり知ってましたか…。あ、あのぅ…、もしかして銀華さまは青城さまを嫌い…とか…?」

嫌な名前…ということは…。
ぼくが質問を続けると、一度落ち着いた銀華さまがまた眉間に皺を寄せた。
ギロリと睨んで、ぼくに言った一言が銀華さまらしくなくて、とても悪いと思ったけれど、恐ろしさと同時に笑いたくなってしまった。


「嫌いではない。大っっ嫌いだ。」

ぼくが知らなかっただけで、神様でも色々あるのだと知った。
銀華さまは時々また茶碗を割りそうになるぐらい、不機嫌そうに話してくれた。


「昔からあれとだけは気が合わぬ。」
「あのようないい加減な奴が私は大嫌いなのだ。」
「よりによってお前たちの神になるとは…。」
「大猫神には気に入られているというのがまた気に入らぬ。」

青城さまのあのいい加減で適当なところは、神様の間では有名だった。
それでも神様でいられるのは、大猫神様に気に入られているから。
陰ではくそじじいなんて言っていたけれど、大猫神様の前ではいい顔をしているからだとか。
だけどそれ以上の理由は、ぼくたちでも感じている、魔法のことだった。


「あれの実力だけは認める。相当な努力をしているのもな。」

銀華さまは少し悔しそうに言ったけど、青城さまが努力してたことをぼくたちは知らなかった。
というか今はしていないような…。
小さい猫に夢中で魔法教えるのも適当です。
ほとんど毎日その子と遊んで過ごしています。
もっと詳しく青城さまのことを教えて下さい。
なんて、銀華さまに言ったらまた怒りそうだなぁ…。


「それで、今日はどうしたのだ。」
「…えっ!」
「何か話があって来たのではないのか。」
「あ…、えーと…。」

不思議そうに聞く銀華さまに、ぼくは何も答えられなくなってしまった。
何も用がないのに来たらきっと銀華さまに叱られてしまう。
どうしよう…、どうしよう…。


「やはり青城に何かされたのだな。」
「い、いえあの…。お、落ち着いて下さい銀華さまっ!」
「許せぬ…。あの助平が…。」
「あの、銀華さま…?もしかして銀華さまは何かされたんですか…?」

す、助平なんて言葉が銀華さまの口から出て来るなんて…!
ぼくはなんだか夢の中にいるみたいだ。
こんなこと銀華さまが言うなんて、前は想像も出来なかったけれど…。
なんだか銀華さまは、とても人間らしくなった。
これはきっと、あの恋人がさせてくれたんだ。
ぼくはそんな銀華さまを見ることが出来て、嬉しくなってしまった。


「初めて会った時に尻に触れて来たものでな。」
「え、えぇっ!うわぁ、青城さまってば…!」
「お前はされてはいないのか?紅は大丈夫なのか?」
「あ、あの…、銀華さまは大丈夫だったんで……、わぁっ、銀華さま!」
「…銀華……今の…?!」

迫って来る銀華さまに焦っていると、ぼくの後ろで荷物が床に落ちる音がした。
そう、銀華さまの恋人が話を聞いてしまったのだ。




その後は大変だった。
ショックで固まる銀華さまの恋人に、誤解を解かなければいけなかったから。


「馬鹿者、すぐに引っ叩いた。何もない。」

そう言う銀華さまの言葉を信じて、すぐに納得してくれたけど。
そしてぼくは、思わず銀華さまに引っ叩かれた青城さまの姿を想像してしまった。
まるで絵に描いたみたいに、その後の二人の仲の悪さが見えた。


「あの、ぼくそろそろ帰ります。」
「桃?よいのか?まだ何も話は…。」
「いいんですっ、ごめんなさい、銀華さまに会いたくて来ただけなんです…。」
「そうなのか。」

誤解も解けたところで、ぼくは神界へ戻る支度をした。
銀華さまはもう、神界のお方じゃないんだ。
ぼくもわかっていて、いつも頼りにしちゃって…。
ダメだなぁ、ぼく、今も昔も銀華さまを困らせてばかりで…。


「桃、いつでも来てよいのだ。」
「銀華さま…!」
「ただ、向こうでは……、少々気に入らぬが…青城の言うことを聞いてな。」
「はいっ、銀華さま!」

あんな風に怒っていたけれど、ちゃんと銀華さまは青城さまのことを認めている。
少々気に入らないなんて言ったのは、銀華さまの意地
だ。
ぼくはもしかしたら今、青城さまという神様で、恵まれているのかもしれない。
もちろん銀華さまも凄い神様だったけれど、その銀華さまが認めるんだから。


「あれ?何、もう帰んのか?飯食って行けば?」
「ありがとうございます、でもぼくも帰ってご飯の支度があるんです。」
「そっかー。また来いよ。」
「はいっ、ありがとうございますっ!」

それにぼくには、もう一つ早く帰りたい理由があった。
人間界でたった数時間だけど、ぼくは寂しさに我慢出来なくなっていたから。
銀華さまと、恋人を見ていたら、早く紅に会いたくなっちゃったんだ。
もしかしたら紅は今頃、青城さまと喧嘩しちゃっているかもしれない。
ちゃんと仲良くやっていけるように、それには自分から青城さまのことを知らなければいけない 。
ぼくの場所は、あの神界なんだ。


「銀華さまぁー、洋平さまぁー、これからも仲良くなさって下さいね!」

窓から手を振る二人に、ぼくは大きな声で答える。
「洋平さまって…」そう銀華さまの恋人が苦笑いしながら呟くのを、背にしながら。








END.






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