「ONLY」番外編「ハッピー・バースディ〜志摩編」-2




「アザラシの可愛いなー、でもイルカもいいなー…。ねーねー隼人ー、どうしよう?」
「どっちも買えばいいだろ。」
「えっ、いいの?」
「いいよ、志摩の好きなもの買えよ。」

館内にある店で、志摩はぬいぐるみを目の前に悩んでいた。
男のくせにぬいぐるみが好きだなんて、普通なら止めているところだ。
でも俺は、知っている。
志摩が幼い頃、一人ぼっちだった時に一緒にいてくれたのがぬいぐるみだということを。
あったかくて、お母さんみたいだと言って、大きなぬいぐるみを離さなかった。
その話をいつだったか一穂から聞いた時、涙が出そうになったのを思い出す。
できるならその時に出会いたかったと思った。
そんなことは不可能だから、せめて今は俺が傍にいてあげたい。
そうすることで、今までの志摩の寂しさを取り返せるのなら。
本当は俺も、寂しいだけなのかもしれないけれど。


「ふー…。」

猫のシマと、シロへのお土産と言ってお菓子やら何やらを選んで、志摩の両手はたちまち物でいっぱいになった。
よろよろ歩くのを見ていられなくて、大きなぬいぐるみを持ってやった。
レジへ向かう途中で、ケースに入った指輪を見て感動しながら志摩が呟く。


「わぁ…、珊瑚だってー…、綺麗だね。」
「うん…。」

指輪っていう物自体が恥ずかしいんだろうか。
それまで言っていた買えば?という台詞が言えなくなってしまった。
二人で指輪を見ているなんて、これじゃあ周りにいる若い男女のカップルと変わらない。
さすがの志摩も、世の中で男同士のカップルが簡単に受け入れられないことはわかっている。


「これ、可愛いですよねぇ。」
「あっ、ハイ…。」

ケースの前で止まってじーっと見ていた志摩と俺に、店員がすかさず声を掛けてくる。
若くて綺麗なその女性店員が、わざわざケースの鍵を開けて見せてくれた。


「いかがですか?彼女さんに。」
「え…。」
「可愛くてお似合いだと思いますよ。」
「はぁ…。」

ニコニコしながら、俺に向かってそんなことを言った。
これは志摩を女だと誤解しているとしか思えない。
志摩も志摩で、気付いていないのか、一生懸命指輪を見ている。


「隼人、あの…。」
「えっと…、それも買えば…?」
「うんっ!やったー。」
「ありがとうございます!どれにします?」

なんだか複雑な思いで会計を済ませて、大きな袋を抱えて店を後にした。
隣にいた志摩が、背伸びをして俺の耳元に近付いた。


「えへへ、得しちゃったね。」
「え…?だってお前…。」

志摩は見た目が女みたいで、それが原因でいじめられていた。
今は好きだけど、名前も女みたいで嫌いだった。
だから女に見られるのは、嫌だと思ったのに…。


「だって恋人同士に見られたんだよ?」
「あぁ、そうか…。」
「あの、俺、嬉しいです。」
「そうか…。」

こしょこしょと囁く志摩は、満面の笑顔だ。
俺達は外見も性格も合わないと思っていたし、何より男同士で、当たり前だけど恋人同士なんて見られたことがない。
たとえ女に見られても、志摩は嬉しかったんだろう。
そんな志摩を見ていたら、俺まで嬉しくなった。

その後同じフロアにあるプラネタリウムに行って、都会では見れない満点の星を見た。
人工だけど、心まで洗われるような美しさだった。
暗闇で時々志摩がうとうとしていたのが面白かった。


「志摩、ご飯はどうするんだ?」
「ホントだ、もうこんな時間ー。」

プラネタリウムを出て、建物内の大きなショッピングフロアで買い物をしていた。
広いフロア内を何度も行ったり来たりして、荷物も増えていく。
ふと時計を見るともう夕方を指していて、そろそろお腹も減る時間だった。
俺としては、豪華にレストランがいいとか志摩は言うと思って、昨夜調べておいたのだった。


「志摩…?」
「うんと、帰ろー?隼人。」
「え…、もういいのか?」
「うん…。」

志摩の口から零れた言葉に、驚いてしまった。
豪華じゃなくても、ファミレスに行きたいだとか言うんだろうと思っていた。
帰るということは、予想外というか、俺の頭の中には欠片もなかったからだ。


「だって俺…、いっぱい我儘聞いてもらったもん…。」
「それは誕生日だから…。」
「ううん、これ以上我儘言ったらなんか悪いことが起きるかもしれないもん。」
「志摩…。」

幸せ過ぎて恐いだとか、幸せ過ぎて罰が当たりそうだとか、そんな表現は有り得ないものだと思っていた。
俯きながら俺の服をぎゅっと掴む志摩は、多分そんな気持ちなんだろう。
我儘なのは俺で、幸せなのは俺も同じだ…。


「だから帰ろー?隼人、帰ってもいい?」
「うん。」
「途中でお惣菜屋さんに寄って帰ろー?」
「エビフライか?」
「うんっ!あとね、シロがケーキ持ってきてくれるの。昨日メールしたら返事来たんだー。」
「そっか…。」

ついさっきまでレストランに行く気満々でいたけれど、志摩が帰ると言ってくれてよかったと思う。
もう我慢が出来なかった。
早く帰って、志摩を抱き締めて、キスがしたかった。
来た時と同じく、電車を乗り継いで、自分達の住む街へ戻った。

志摩の希望通り、途中で総菜屋に寄ってエビフライを買った。
スーパーにも寄ったから、二人して両手に荷物がいっぱいの状態だった。
マンションのエレベーターを降りて、玄関のドアを開けた途端、俺は荷物を床に乱暴に落とした。


「隼人…?どうし…。」
「志摩…。」

玄関の壁に志摩を押さえ付けて、強く抱き締める。
驚いた志摩の手からは、荷物がぼとりと落ちてしまった。


「はや…っ、んっ、ん…!」
「志摩…っ。」
「び、びっくりするよー!」
「あ…、ごめん…。」

突然の激しいキスに、志摩が真っ赤になっている。
俺だってこんな自分にびっくりしたぐらいだから、志摩の驚きは相当のものだ。
今日一日、我慢していたのがどっと溢れたみたいで、こんなにも自分は抑えが効かない人間だったということに呆れそうになった。


「ううん、あの、びっくりしたけど…、嬉しいです…。」
「志摩…。」

それでも、こんな俺でも志摩がいいと言ってくれるから。
こんな俺が好きだと言ってくれるから。
大きな袋の中から、重みのある小さな箱を出す。


「志摩、誕生日、おめでとう。その…、遅くなったけど。」
「隼人…!」
「おめでとう、志摩。」
「あ、ありがとうございますっ!隼人、ありがとー。」

女に間違われたお陰で買えた指輪を出して、志摩に嵌めてやる。
志摩の頬の色と同じ、綺麗なピンク色の珊瑚が付いた指輪だ。


「えへへー、なんだか結婚指輪みたいだね…。」
「結婚指輪ってな…。」

今になって急に恥ずかしさが込み上げる。
だけどそんな恥ずかしさも志摩が喜ぶことでどこかへ飛んで行ってしまうみたいだ。
もう一度きつく抱き締めて、柔らかい頬を両手で挟んだ。


「シマ〜、ケーキ持ってきたぞ!シマ〜、ミズシマ〜。」
「まだ帰ってねぇんじゃねぇのか?」

インターフォンが鳴ると同時に、シロと藤代さんの声が聞こえる。
玄関のドアを開けて出ようとした志摩の腕を掴む。
もう少しだけ、シロと藤代さんには待ってもらおう。
振り向いた志摩が、再びぎゅっと抱き付いてくる。
ドアの向こうの二人に聞こえないように小さく音を立てて、キスをした。




happy birthday to you.





END.







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