「ONLY」番外編「friends」




「今日からここが、一穂くんのおうちだからね。」

そう言われて、今暮らす施設に来たのは、約10年前。
両親の偏った愛情表現に、傷ついた俺は、離れて暮らすことになった。
幼児虐待だとかそんな言葉で言われていたけれど、
俺自身はあまり覚えていないというか、気付いていなかったらしい。


「お部屋はもう一人一緒の子がいるの。仲良くしようね。」

手を引かれて、部屋が並ぶ2階へと連れて行かれた。
誰かと一緒なのか…、なんだか嫌だけど、仕方ない。
どんな奴なんだろう、そう思いながらその部屋のドアを開けた。


「ここよ。あ、志摩ちゃん、新しいお友達よ、こっちに来て。」

志摩ちゃん、そう紹介されたのは、俺より小さい男だった。
歳も俺より一つ下の、俺とは違う、見た目可愛い男。
おどおどして、カーテンの後ろに隠れていた、気まで小さそうな奴だった。
手元には大きなぬいぐるみをいくつか持って、恥ずかしいような表情で、まるで女みたいな奴だと思った。


「こにちは、しまなの、よろしくれす!」
「…かずほです。」
「えへへ、なかよくしてねー。」

指なんかくわえて、お前は赤ちゃんか。
もう幼稚園なのに、まともに言葉も言えてないし、変な奴。
仲良くして、志摩は笑顔で手を差し伸べて来たのに、俺は何を考えたのか、その時ひどい言葉を投げつけてしまった。


「いやだ。」

その後予想通り志摩は泣いてしまった。
初っ端から俺は、いじめっこの一穂くん、だと、悪い奴だと思われたに違いない。
友達なんていらないと思っていたから、どうでもよかったんだけど。


「あの、かずほくん、いっしょにあそぼ?」
「いい。」

それでも志摩は俺に声を掛けて来た。
ぬいぐるみを持って、俺に一緒に遊ぼうと。
誰がぬいぐるみでなんか遊ぶか。
そんなので遊んでたら、幼稚園でいじめられるんだ。
だから俺は志摩の誘いには乗らず、自分で持って来た玩具の車で遊んでいた。
志摩も志摩で、俺が断ると、諦めて一人で遊んでいた。


「くましゃん、こにちはです。」
「こにちはうさたん。」
「わんわんもいましゅ。」

そうやって一人でぬいぐるみで遊んで一人で台詞なんか言って。
何が楽しいんだろう。
どうして俺となんか仲良くしたいと思うんだ?
友達なんかいたって、どうせ俺のことなんかわかってくれないし。
親だって俺のことをいじめるんだ。
誰とも仲良くなんかならないほうがいいのに。
一人でいたほうが…。


「うさたん、ごはんでしゅよー。」
「ごはんはおいしーです。」

こいつは…、ずっと一人だったんだろうか。
生まれた時からずっと一人でいたんだろうか。
施設の先生から聞いた志摩の話を、思い出しながら、志摩を見ていた。


「…あ。かずほくん、しまのわんわんかしてあげゆ。」
「い、いらないよそんなのっ!」

じーっと見ていたのに気付かれて、渡されたぬいぐるみを思わず手で払った。
一緒に遊びたいと思われてしまったのが悔しい。
俺が寂しいと思っていたのに気付かれたみたいで。
また志摩は泣いてしまうかと思ったけれど、その時は予想に反して泣かなかった。
暫くぼーっとして、また一人で遊び始めたのだった。
変な奴…、いつもぬいぐるみと遊んで。
一人で喋って、変な奴…!!
俺は、その夜、志摩が隣で寝ているのを見計らって、そのぬいぐるみを捨ててしまった。







「うえぇーん、しまのくましゃんー、うさたんもいないよぉー!わんわんどこぉー?えーん…。」

翌朝、やっぱり志摩は泣いていた。
最初はざまあみろ、そんな気分に浸っていたのに…。
いつまでも泣き止まない志摩に、なんだか罪悪感が生まれ始めた。
施設の先生達が宥めるけれど、志摩は一向に泣き止まない。
どうしよう、大変なことをした。
志摩が泣き始めてから1時間も経った頃、やっとそれに気付いた。


「しまのおともだち…、おともだちいなくなっちゃたよー。うえーん…。」

あぁ…そうか…。
あれは志摩の友達だったんだ。
ずっと一人で、傍にいてくれた。
寂しいのは俺も一緒だったのに、なんてことをしてしまったんだろう。
もしかしなくても、俺もその中に入りたかったのかもしれない。
ぬいぐるみよりも、俺と友達になればいい。
だから悔しくて、ぬいぐるみを捨ててしまったんだ。


「ごめんなさい、おれがすてました。」
「一穂くん?!それ本当?どうして捨てちゃったの?!」
「しま、これあげる。これであそぼ。」
「うわぁー、くるましゃんだー、もらっていーのー?」

先生の話は聞かずに、いくつかあった玩具の車から、小さくて可愛い車を選んで志摩に渡した。
初めて間近で見る玩具の車に、志摩は泣き止むどころかもう笑っていて、大きな目をキラキラさせていた。


「うん、だからあっちであそぼ。」
「あいっ!しまとかずほくんはおともだちなのです!」

それ以来志摩とは仲良く…、いや、俺の性格上、
ベタベタした付き合いはしていなかったけれど、一般的に言う友達という関係だった。
思春期を迎えて更に俺は人との付き合いを避けるようになって、志摩ともほとんど話さなくなった。
だけど付かず離れずで、友達という関係は変わらずに続いていた。

ある日、俺と同じく高校生になった志摩が、俯きながら口を開いた。
話があるのだと、相談したいのだ、と。


「好きな人ができたの…。」

まさかそれが同じ男で、自分は変わるんだと決めた志摩が、
そいつのところに乗り込んで、駆け落ちまでするとは思ってもみなかったけれど。
それから数ヶ月が経って、俺は相変わらず施設で暮らしていた。
志摩のいなくなった部屋で、今度こそ一人で。
だけどそんな俺にも、好きな人ができた。
志摩と同じく、男に恋してるっていうのが間抜けな感じだけど。
あんなに驚いたのに、自分まで同性に恋するなんて、そんなところも案外似た者同士なのかもしれない。

志摩が出て行って以来、連絡も取っていない。
それはそうだ、あいつは携帯電話も持っていなかったんだから。
知らない間に荷物をまとめて出て行ってしまっていて、後から先生から聞いたんだ。
だけど、生きていればそのうちどこかで会えるんだと思っている。



志摩、元気でいるのか。
また泣いていないか。
泣くわけないか、好きな奴と一緒にいるんだもんな。
いつかまた会えるといいよな。

もしどこかで会えたら、何から話そうか。








END.






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