「Lies and Magic」二人のその後編2「グリート・ザ・ニュー・イヤー2006」




今日は、12月31日。
志摩と過ごす初めての年越しの日だ。
誰かと年を越すなんて、何年振りだろうか。
10年は経っているのは確かだけれど、一人でいたのが当たり前のこと過ぎて、詳しくは思い出せない。

朝から志摩はパタパタ走り回って部屋中を掃除していた。
いつも綺麗にしてくれているから、そんなに気合いを入れてやる必要なんかないのに、
頭に大きなバンダナまで巻いて、お前はどこの主婦だ、と突っ込みたくなった。


「俺ねー、紅白最後まで見るの初めてー。夜更かし楽しいねー。」
「…そうだな。」

相変わらず志摩に対する俺の態度はこんな感じだ。
だけど別に志摩に嫌だと言われたわけでもないし、俺が突然変わったら気持ち悪いし、その方がおかしい。


「あとね、年越しそば食べるの!大好きな人と食べるの夢だったんだーえへへー。」
「夢ってな…。」
「隼人と年越しそばー。そばー♪」
「そんなにひっついたら掃除ができないだろ…。」

夢見る乙女みたいにうっとりした後、志摩はでれでれしながら抱きついてくる。
内心嬉しいくせに鬱陶しそうに志摩の身体を追い払う。
仕方ないだろ…、そうでもしなきゃ、年の瀬の真っ昼間から理性がなくなってしまうんだ。


「あとでエビの天ぷら買いに行こー?」
「豪華な年越しそばだな…。」

最近やっと志摩と出かけるのも普通にできるようになった。
まだ完全に恥ずかしさは消えないけど。
手を繋ぐとかをさすがに勘弁してもらえれば、そこまで抵抗はなくなった。
夕方、掃除を終えて、志摩が言っていた通り、エビの天ぷらを買いに行った。
大きな天ぷらを2尾、プラス猫のシマの分で3尾買って、年越しを待った。

志摩が初めてだという紅白を最後まで見て、それが終わった頃にはキッチンから湯気が立ち上ってい た。
志摩の下手くそな鼻歌付きで。
出汁のいい匂いが漂い出した頃、志摩に呼ばれてダイニングへと向かう。
椅子に座って待っていると、志摩がお盆にそばを載せて現れた。


「あれ…?お前の分は?」
「ん??」

お盆を見ると、そこにはどんぶりが一つしかない。
あれだけ張り切っていたくせに食べないのか、または俺が食べないと思われて俺の分がないのか。
よく見るとバカみたいに大きいエビの天ぷらはしっかり二つ乗っている。


「あのね、一杯のかけそばっていうの。それでもっとラブラブになるんだー。」
「…あれはそういう話じゃな……。」
「ん??なんか言った??はいっ、あーん。」
「バカ…、そんなことできるか…。」

俺の話なんか聞こうともせずに、志摩は楽しそうにどんぶりの中のそばを箸で掬う。
ふーふー、と息をかけて冷ました後、俺の口元にそれが持って来られる。
志摩に食べさせるのだって恥ずかしいのに、食べさせてもらうなんて、できるわけがない。


「えー!やだぁ、やるのー。」
「なんでだよ…。」
「うー、だってイチャイチャしたいんだもん…。」
「イチャイチャってな…。」

堂々とそんなこと口にしないで欲しいところだ。
だけど、そんな志摩を羨ましいとも思う。
この素直さは、俺にはないところで、志摩のいいところだから。
やっぱりまだ俺にはできないけれど。
志摩の持っていた箸を奪う。


「俺はいいから、ほら。」
「あー。」

差し出したそばを食べようと口をぽっかり開けた顔がなんとも間抜けだ。
大きな目と、柔らかそうなつるつるの頬に一瞬眩暈がした。
間抜けなのに可愛いっていうのは、犯罪だよな…。
俺の理性は、今日どこまでもつんだろう。


「えへへー、美味しいねー。」
「そうだな。」

もごもご口を動かして食べる志摩は、本当に美味しそうな顔をしている。
志摩にやりながら、合間に自分でも食べてみると、それは本当に美味しかった。
味もそうだけど、志摩と一緒に食べているから。
志摩の言う一杯のかけそばも、案外本当なのかな、なんて思ってしまった。


「シマにゃんには、衣取ってあげるね、エビ。はいっ。」
「み〜っ♪」

足元では猫のシマが、衣のないエビの天ぷらを、皿の上でむしゃむしゃと食べている。
こんなに穏やかで、充実した年越しは、今まで経験がない。
志摩がいて、猫のシマもいて、仲良く一つのどんぶりでそばなんか食べて。


「ほら、ついてる。」

雰囲気に飲まれたのか、志摩の口元につゆがたれているのを発見した俺は、指先で拭ってやった後、その指をぺろりと舐めた。
その行動を見ていた志摩はじーっとこっちを見て赤くなっている。
ラブラブだの、イチャイチャだの言うくせに、行動にするとこれだもんな…。
そこもいいと言えばいいし、困ると言えば困る。


「あっ、あのー。…んぅ…っ、隼人…っ。」
「まだついてる。」

嘘を吐いてまでしてその唇に触れたかった。
唇の端から端を丁寧に舐めて、最後に口内へ舌を滑り込ませた。


「えっと、うんと、だしの味のちゅーです…。」

うっとりしながらムードのないことを言う志摩が可笑しくて堪らない。
このままここで襲ってやろうかと決意した時、どこからか鐘の音が聞こえてきた。


「除夜の鐘だ!どこでやってるのかなぁ?」
「さぁ…。」
「ねーねー、明日初詣行こうね。」
「明日俺バイトあるんだけど。」

志摩はわくわくしながら窓のほうへ一度走って行って帰って来た。
いちいち動作がすばしっこくて、落ち着きのない奴だと思う。
本当に子供みたいなんだ。


「えー…、そうなの…、じゃあ無理だね…。シマにゃん俺と行こー?」

床で寝転がっていた猫のシマを抱き上げ、寂しそうに呟く。
これじゃあどっちが猫なのかわからない。
そんな寂しそうな、甘えた目をして。
そしたら意地悪なんかできなくなってしまう。


「…夕方には終わるけど。」

目線を逸らしながらぼそりと呟くと、志摩は満面の笑みで俺の膝に乗って抱き付いて来た。
心臓に悪いよな、これは…。


「えへへー、隼人大好きー!今年も傍にいて下さい!」
「わかってるよ。」
「ずっと、傍にいて下さい。」
「わかってる。」

今年はもう少しだけ、素直になれるといい。
胸元でごろごろしてくる志摩をぎゅっと抱き締め返した。
この温かい身体が離れないように。
今年も、次の年もずっと、傍にいてくれますように。
そう胸の中で強く祈りながら。

足元ではそんな俺達を嫉妬するかのように、猫のシマが恨めしそうな目で見ていた。







A HAPPY NEW YEAR.




END.






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