「魔法がなくても」番外編「GOOD NIGHT」-1
私には言いたくても言い出せないことがある。
大抵がそうなのだが、特に洋平に対して、お願い、などと出来るわけがない。
それがいわゆる恋人としてのものなら尚更だ。
「ところでシロ、お前はその…、あの人間と共に寝ているのか。」
「へ…?」
シロの処へやって来て、突然そのような話をしたものだから、シロはなんとも間抜けな返事をした。
「いや…、その、あの人間と一緒の布団に寝ているのか、シロは。」
私が見る限り、この部屋にはベッド、と呼ばれるものしかなく、他の布団は見当たらない。
押し入れなどにしまってあるのだろうか、
と思い、一応聞いてみたのだ。
「あ…、えっと、ハ、ハイ…へへっ。」
シロは髪を掻きながら、照れ笑いを浮かべた。
下がった瞳と緩んだ口元が、あまりにも幸せそうで、見ているこちらが恥ずかしくなる程だ。
「そうか…。」
「猫神様?あの、もしかして…。」
いくら鈍感なお前でもこんな話をしたら気付くだろうな。
今度は私が恥ずかしくなり、下を向いた。
「洋平と一緒に寝てないの?」
そうなのだ。
洋平の処へ来てから、同じ布団で寝たことがないのだ。
私はシロのように身体が小さくもないし、洋平は朝が早いというのもあって洋平なりに気を遣っているのだと思う。
「う〜ん、どうしたらいいんだろ…。」
「い、いや別にどうしても一緒に寝たいと言うわけでは…。」
額に人差し指を宛てて真剣に考え込むシロに、私は慌てて弁解をする。
このようなことごときで悩ませたくない。
言葉通り、そこまでして共にしたいわけでもないからだ。
ただ、時々不安になる。
夜中に目を覚まして、其処に洋平が居なかったら、
私が過去に愛したあの人間の様に私を置いていなくなってしまったら…。
洋平を信じていないわけではない。
少しだけ、不安になるだけだ、ただそれだけだ。
「一緒に寝て〜って言やいいだろうが。」
「な…‥っ。」
「あ、亮平!おかえり〜。」
扉が開いて、外から此処の持ち主が現れた。
シロは嬉しそうに再び顔を綻ばせて、その人間に飛び付いている。
「ただいま、シロ。」
出来れば私が居る前で頬に口付け、
などという行為はやめて欲しいものだが。
シロがあんなに幸せそうにしているから、よいとするか…。
「それにしても意外だな、お前ら一緒に寝てねぇのかよ。」
「よ、余計なお世話だっ。」
自分から相談しに来ておいて矛盾しているとは思うが、
私はこの人間がどうも苦手というか…、
口は悪いし思ったことをすぐに言うところなどが、自分が弱くなった様で嫌なのだ。
しかも私の前で見せびらかしてるとしか言えない様にシロを膝の上に乗せて甘やかしている。
「なぁ、じゃあヤった後もか?」
「な、何を馬鹿なことを…!」
「なんでバカなんだよ、普通のことだろ?」
「それは…そのだな…。」
私は恥ずかし過ぎて、言葉に詰まってしまう。
それは時々は行為の後はそのまま寝てしまうことはあったが…。
「シロなんか可愛いぜ、クタクタんなってな。」
「りょ、亮平っ!」
シロは顔を真っ赤にしている。
よくもこの人間はそんなことが恥ずかしげもなく言えるものだ。
ある意味シロと同じで、素直なのだろうか。
「帰らせてもらう。邪魔したな。」
「なんだもう帰んのか?」
嬉しそうにそんなことを言わないで欲しいが。
私は立ち上がって玄関へと向かう。
「なぁ、たまには思ってることあいつに言ってみてもいいんじゃねぇ?」
言えないから、此処に来たのではないか。
しかしこの人間の言うこともわかる。
言わなければ、伝わらないこともあるのだ。
このような人間に諭されるなど不愉快だが、私は人間としてはまだ生まれたばかりも同然なのだ。
「そうしてみる…。」
私はぼそりと呟いて、其処を後にした。
とは言ったものの…。
やはり私は言うことが出来ず、とうとう眠る時間になってしまった。
私用の布団を床に敷くと、洋平は自分の布団に潜ってしまった。
もう何晩もこのもどかしい思いをしているのだろう。
こんな夜が続くのは、もう御免だ…。
「じゃ、銀華おやすみー。」
洋平がそう告げたと同時に、私は自分の布団の中で、深呼吸をひとつ、した。
「洋平。」
「ん?何?」
「その…、つまりだな…。寒くないか?」
「え?」
あろうことに、何と言っていいのかわからず、
そんな言葉が口から出た。
これはいくらなんでもないだろう。
私は恥ずかしさでそれ以上言葉が見付からず、洋平に背を向けた。
「寒いのか?」
「な、何でもない、忘れてくれ。」
部屋の明かりを落とした後でよかったと思う。
きっと私の顔は信じられない程紅く染まっている。
体温まで上昇して、これでは逆に暑いぐらいだ。
「銀…。」
名前を呼ばれて、反射的に振り向いた。
「こっち。」
洋平が、暗闇で僅かに照れながら、その布団の先端を捲っていた。
そんなことをされたら、こちらはもっと恥ずかしい。
それでも私は、ゆっくりとその中に忍び込んだ。
「どうしてわかった。」
「何が?」
「私がその…、お前と一緒の…。」
「なんだ、一緒に寝たかったなら言ってくれよ。」
「お前はわかったのではないのか?」
私は洋平が全てわかっていると思っていたのだ。
過信していたのだ。
年齢の割には大人で、私のことは全て理解していると、好き合っているのだから、それが当然と。
完璧な人間など、何処にもいないのに。
あぁ、そうか…。
やはり、言わないと、伝わらないのだ。
いくら恋人とはいえ、心も身体も別の二つなのだから。
「あ…、ごめん、俺鈍くて。」
「謝らなくてもよい。」
「でも俺、嬉しいや。」
そう言って、洋平の身体が微かに揺れた。
こんなに傍に居るのだと、実感して、
再び私は羞恥心で一杯になった。
それは不愉快だとか言うものではなく、悦びのだ。
「恥ずかしいついでに、よいか…?」
私は熱くなった自分の手を、そっと洋平の手に近付けた。
「ついでじゃなくてもいいけど。」
「人の揚げ足を取るな。」
ゆっくりと洋平の手が私の手を握って、その熱を分かち合う。
そう、私だけではなかった。
不安なのだ。
遠い昔の様に、置いて行かれるかと思うと。
ほんの少しでいい、私は安心したかった。
そんなことをしても人間はいつかはいなくなる。
それでも不安なままよりは遥かに良い。
この思いは私の一方的なもので、言ってしまったら洋平は重く感じると思った。
だから私は言うことが出来なかった。
洋平に迷惑をかけたくなかったからだ。
恋人だから、一番迷惑をかけたくなかったのだ。
それでもお前が望むなら、私はこれからは言おうと思う。
「じゃあ銀華が寝るまで、俺見ててやるから。」
その話をした後、そう言った癖に。
「ん……。」
寝息が聞こえて、呼吸の度に身体の振動を感じる。
恥ずかしい、から私の感情は可笑しい、
に変化して、最終的にはそれは愛しい、になる。
その思いに満たされて、私も何時の間にか眠りについた。
この手が離れぬようにと祈りながら。
END.
●前サイト時キリバンリクエスト
”「魔法がなくても」番外編 銀華が甘える、洋平がもっと喋る”
高崎夏湖様より頂きました。
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