「魔法がとけたら…」番外編4「ドリーミー・リアル」
俺は自分でもいい加減でチャラチャラした男だと思う。
自分で言うのもなんだけど、顔だけはよかったから女に不自由したことはまずない。
でもいつもこんなんでいいのかというのは引っ掛かっていた。
わりと適当に生活していたけど、きちんとするところはしないと外見も中身も一緒だと思われるのが嫌だった。
それでも人というのはまず外見で判断するもので、それなりに嫌な思いをするのは仕方のないことだった。
そんな時、俺を癒してくれる奴が現れた。
ただの白い野良猫だ。
俺の生活の金銭的支えになっている、バイト先のコンビニの敷地内で見付けた白くて小さな猫だ。
「藤代くん、君、これ発注ちょっと多かったんじゃないの?」
「はい、すいません。気を付けます。」
俺から言わせれば役に立たないバイト先の店長に、俺はしょっちゅうそんなことを言われる。
ったく、文句言うならてめぇがやれっつーの。
仕事もロクにしねぇでエラそうによ。
そう言ってやりたかったけれど、俺はなんとか我慢した。
そんな嫌味を言われたりすると、
なんだか癒されたくなって俺はその猫を探す。
「シロー…?」
見た目そのまんま「シロ」なんて安易な名前を勝手に付けて、何をやっているんだか。
こんな姿は、女になんか見せられない。
「みゃ〜……。」
シロは俺に気付くと、傍までやって来る。
ボロボロのピンクの首輪をしているから、誰かの飼い猫だったんだろう。
野良なのに身体は汚れていなくて、真っ白だった。
似ていた。
俺が昔、子供の頃に可愛がっていた野良猫と。
公園で見付けて、餌をあげたりして可愛がっていた野良猫。
なのに無責任な俺は飽きてしまってほったらかしにして、そいつを死なせてしまった。
俺がシロを今可愛がっているのは、その時の罪滅ぼしみたいなものだった。
「聞いてくれよ、あんのクソ店長がよー…。」
21にもなって猫に話しかけてる男ってのは相当ヤバいと思う。
それぐらい、自分でもわかってはいる。
でもそんな俺をわかってくれる奴は誰もいない。
その時ちょうど付き合っている女もいたけど、そいつもだ。
それでも俺はその女、明美のことが好きだったから別れたくなかったし、向こうも別れるなんて言うわけがないと思っていた。
結局明美にはフラれることになるのだが、この時の俺はもちろんまだそれを知らない。
「お前だけだよ、俺のことわかってくれんのは。」
「…みゃ〜。」
すり寄ってくるシロを抱き上げて、腕の中に収める。
寂しいんだろうな…こんなに声を上げて鳴いて甘えてくるんだもんな…。
シロはいつも俺が働いている夜中、駐車場で一人ぼっちで寝ていた。
痩せた身体を丸くして。
「み〜……。」
「ごめんな…、うちのアパートペット禁止じゃなかったら連れて帰れんだけど…。 」
俺が給料日の後だけやる、店で一番安い猫缶を置くと嬉しそうに食っている。
もう猫のあんな姿を見たくなくて、俺はせめて餌だけは欠かさすやって可愛がってやろうと思っていた。
だいたいが店の賞味期限切れの弁当だったけど、シロは文句も言わずに美味そうに食っていた。
まぁ、猫だから文句も何も、喋れるわけがないんだけど。
猫だから喋れるわけがない。
その常識が、ある日突然覆されることになる。
俺を好になったシロが「ありがとう」を言うために人間の姿になって現れたのだ。
そしてあろうことに俺までシロのことを好きになってしまった。
好きになったら抱きたくなるのは当然のことで、俺はシロの外見そのものの純白な身体を汚してしまった。
「バイバイ、亮平。」
おい…、ちょっと待てよ。
どこ行くんだよ。
錆びれた鈴の音がして、シロが俺の前から消えて行く。
行くな。
行くなよ、シロ───…。
「シロ………っ!」
「え?何?」
俺は夢中で、消えて行くシロの腕を掴んだ。
「あれ…?」
なんだ…、夢だったのか…びっくりすんだろうが…。
猫の時のシロがいるなんておかしいと思ったんだ…。
今のが夢だったことに安心して、俺は深い溜め息を吐いた。
「どうしたんだよ亮平。な、なんか恐い夢でも見たのか??」
冷や汗を垂らした俺を見て、シロの方がびっくりしているみたいだった。
大きな黒い瞳が俺だけを見ている。
今日は俺より早く起きたみたいで、もう服に着替えてベッドの下の辺りに座っていた。
「あぁ、すっげぇ恐い夢だったな…。」
シロがいなくなること程恐いことなんてない。
俺はシロの細い腕を掴んだまま、自分の方へ引き寄せた。
「な、何?」
いなくなるなよ。
俺の傍にいてくれ。
そんな女々しい台詞を口に出せない代わりに、思い切りシロを抱き締めた。
「へへ……。」
「ん?何笑ってんだ?」
シロの頬が緩んで、俺の身体にも手が回された。
「オレ今役に立ってるみたいだから。」
そう言ってシロはもっと強い力でしがみ付いてくる。
まだ今朝のことを気にしていたみたいだ。
単純だな…なんて思いながらも可愛いなんて思ってしまう自分が可笑しくなってしまった。
窓の方から眩しい光が差し込む。
あの雨が嘘だったみたいに、窓の外は快晴そのものだ。
「雨止んだな。」
「うん。でもまた降るからいい。」
また。
それはいつでもいいということ。
俺は自分よりも僅かに体温の高いその身体を、決して離すまいと一層強く抱き締めた。
これは夢みたいだけど、現実だ。
「シロ。」
俺は名前を呼んで、柔らかい唇にキスをした。
頼むから、ずっと一緒にいてくれ。
お願いだから。
END.
/index