「魔法がとけても」番外編1「スィート・ホーム」
「シロ、ホラ起きろ、もう昼過ぎた…。」
「‥ん…りょうへ…まだねむ…。」
あれからもう一ヵ月。
すっかりシロはうちに居ついた。
俺の生活リズムに合わせて昼過ぎに起きている。
「起きろって。」
俺はシロの首筋に軽くキスをした。
恥ずかしながら、毎日こんなことをしていたり。
「や…っ!」
「や、じゃねぇだろ?」
「やだ…んっ!離せっ。」
ピクリと動いたシロの肩にもキスしながら、俺の手はシロの腰の辺りを触り始めていた。
手はそのままパジャマの中に滑り込み、下着の中に入れていた。
俺の腕の中で、シロはバタバタと暴れる。
「前から言おうと思ってたけど…。」
あれ?なんか変だな、シロのやつ。
「な、なんだよ。」
「亮平は、なんでオレをここに置いとくんだ?」
「なんでって…。」
そりゃ、好きだからに決まってんだろ。
とはすぐに言えずに、吃ってしまった俺を、シロが訝しげに見つめる。
「オレがいればいつでも交尾できるから?」
「いや違…。」
「オレそんなのやだ。もう一緒に暮らしたくない。」
「おい何言って…。」
出来ればもう人間なんだから交尾、って言い方はやめて欲しいところだな。
しかもなんか話飛躍してるぞ、こいつ。
「じ、実家に帰らせて頂きますっ!!」
待て待て待て。
なんだそれはー!
お前は嫁か?
「待てよシロっ。」
止める俺を待たずに、シロは上からコート(しかも俺の)を羽織り、出て行ってしまった。
俺は呆然とした。
いや、それよりも…。
「あいつの…実家?」
どこだそれは。
わかんねぇよそんなん。
まぁ、そのうち帰って来るだろ。
と、思った俺が甘かった。
シロは相変わらず帰って来ない。
だってあいつは俺が好きで、出て行くなんて…。
いつも耳にタコが出来るぐらい「亮平、好き」って言うから。
あれ…。
俺は…?
俺、あれ以来、あんまり、言ってない、か…?
やべ…。
本当に帰って来なかったらどうすんだよ。
俺は慌てて着替えて、鞄を掴んで家を飛び出た。
ちょっとどころじゃなく恥ずかしい代物が入った鞄を持って。
「やっぱりここか。」
「亮平〜…。」
「実家って言うからどこかと思えば…。」
「だってオレ、他に行くとこなんかないし…。」
俺のバイト先のコンビニの裏に、シロは蹲っていた。
もうすっかり夕方になっていて、ずっとここにいたシロの顔は寒さで少しピンク色になっている。
「ここは亮平と会った場所だから、オレにとっては実家みたいなものだし。」
うわ…。
なんつー可愛いこと言いやがるんだ。
「でも今のお前の場所は、あの家だろ?」
俺は髪まで冷たくなったシロの頭を撫でた。
「だってオレばっかり好きみたいで…。
オレが一人ぼっちだから可哀想で一緒にいるなら…。」
「違うって。」
俺は溜め息をついて、鞄の中から紙を取り出して、シロに渡す。
『シロ、ありがとう、大好き。りょうへい』
「読める…よな‥。」
恥ずかしい。
恥ずかし過ぎるぞ。
女にだってこんなん書いたことねぇよ。
21の男が何やってんだか。
しかも男相手に。
俺は恥ずかしさの余り目を逸らした。
「亮平!」
「うわっ、なんだよ!」
シロが思い切り飛び付いて来た。
勢いあまって後ろに倒れそうになる。
「あぶねーなぁ。俺を殺す気かよ。」
「ご、ごめん、嬉しくて…。」
本当に嬉しそうにシロは笑う。
恐かったんだな、不安だったんだな。
ごめんな…。
「あのな、人間が交尾するのはその、あ、愛してる証拠だから。」
「へへっ、オレも愛してる。」
多分もう一生言わないだろう、究極の恥ずかしい台詞を言ってしまった。
シロは一層嬉しそうに笑うと、強くしがみ付いて来た。
「じゃあ、帰るか。」
「うん!」
外なんかじゃなきゃ押し倒したい気分だった。
仕方なく我慢して、手を繋いで家まで帰った。
「そういえばお前、俺が行った時なんか食ってなかったか?」
家に着いて台所でお湯を沸かしながらシロに聞く。
「お前金とか持ってたっけ?」
「ううん、持ってない。」
部屋の中に入って、シロの前に座る。
「シバサキがくれた。」
シロはポケットから飴やら何やらを出して口に入れた。
「なんか肉まんとかいっぱいくれた。いい人だな、シバサキ。」
なんだと…‥?
そういやあいつあの時間バイト入ってたっけ。
病院で一回会ってるしな。
「このまま亮平が来なかったらうちに来いって言われた。」
なんだと??
そりゃどういうつもりだ。
「お前は、食べ物くれる人はみんないい人で、好きになるのか?」
「え…?なんか亮平怒ってる?」
あーあ、みっともねぇ、
こんな姿。
昔の俺なら絶対こんなこと言わねぇよ。
「あ、もしかして…。」
「言うな!バカみたいだから、言わないでくれ。」
「好きなのは、亮平だけ。」
「お前、口ん中甘い。」
シロはくるくると大きな瞳を輝かせている。
俺の膝の上に乗って、抱き付きながら、小さくキスをしてきた。
そんな素直なシロに照れながら、キスに応える。
「わかったから、もう離れろよ。」
「やだ。抱っこ。」
やめろ。
これ以上俺の性欲促進させないでくれよ。
「抱っこだけじゃ済まねぇぞ?」
エロ親父か、俺は。
自分で突っ込みながらも、既に手はシロの服の中へと潜り込んでいた。
「りょうへ…っ、ん…っ。」
冷たかった肌が、一気に体温が上がるのが、触れていてわかる。
胸の突起を弄りながら、深いキスを繰り返す。
息が乱れるシロの顔は、みるみるうちに紅潮していく。
「んっ、ん…っ。」
「な?ヤってもいいだろ?さっき言っただろ、俺。」
拙く舌を絡ませてくるシロに、もう我慢の限界に達する。
俺はさっき説明してシロが納得したのをいいことに、キスと愛撫を続ける。
「…あっ、してもいいけど…、お客さんの前じゃ…。」
「───えっ。」
「いやー、俺、お前がエッチ迫る時って初めて見たけど、すげぇなー。」
「あたしん時はそんな感じなかったけど。」
「なんでお前らがいるんだよっ。」
玄関で、柴崎と明美に見られていた。
不覚だ。
夢中になってて、ドアに鍵かけるのも、開いたのさえも気付かなかった。
きっと一生言われる。
「顔ニヤけっ放しだったよな。」
「ホント、デレデレしてたよね。」
「だから!なんでここにいるんだよっ!」
俺は無理矢理シロを退けて、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あたし今日退院だったのよ。」
「あ…、そ、そうだったのか、ごめん。」
「なんで亮平が謝るの?大丈夫だよ、あたし。」
事故ったのは俺のせいなのに。、明美は笑顔を見せる。
「あ、シロちゃん、こんにちは。」
「アケミ!元気だったか?久しぶり〜。」
シロは明美の元へと寄っていく。
人懐こい、猫みたいに。
あれ…‥?
俺の中に疑問が生まれた。
確か、明美に向かって怒鳴ったんだよな。
病院では意識不明だったし…。
「ちょっと待て。お前らなんでんな仲いいんだ?」
「夢の中で仲良くなったんだ。」
「は?」
また始まった、わけわかんねぇワールド。
いい加減慣れたかと思いきや、やっぱ慣れねぇよ。
「あたしが意識ない時にね、助けてくれたから。」
「へ、へぇ…。」
「それに、あたし達、姉妹?姉弟、じゃない。」
「やめろ!シロに変なこと教えんな!」
明美は普通に話すけど、普通じゃねんだぞ、これは。
ついでなんだかなんだか、いらんこと言いやがって。
俺は不思議そうにしているシロの耳を塞いだ。
「明美…お前いつからそんな下品に…。」
「なんか亮平、親父くさいよ?シロちゃんのお父さんみたい。」
「親父くせぇって…。いいか、こいつは純粋なんだ、変なこと教えんなよ?」
「明美ちゃん、親父は普通子供相手にセックスなんてしないって。」
「お前もだ柴崎!家に連れてくとか変なこと言いやがって。」
何も聞こえないシロはキョロキョロしている。
俺はさっきシロから聞いたことを柴崎本人に責めた。
「亮平に捨てられるかもー、って泣いてたぞ。しかもお前、変なことって、一番変なこと教えたのお前じゃねぇかよ。」
「それ言えてるかも。」
「シロのやつ、いっつも亮平、立てなくなるまでやるんだ、
って困ってたぞ。お前少しは手加減してやれよ。」
「……‥‥。」
た、た、確かに…。
確かにその通りだ。
もう俺、この二人に会わす顔が…。
「あれ?なんでお前ら一緒にいるんだ?」
しかもなんか仲良さそうだし。
まさか…。
「俺らこれからデート。」
「柴崎くん、毎日お見舞い来てくれて。会ってるうちに好きになっちゃった。」
やっぱり。
いつの間に…。
明美…、なんかキャラ変わってねぇか?
「と、いうわけだから、心配しないで。あたしは大丈夫だし。亮平も、お幸せにね。」
「あぁ、そりゃどうも…。」
「じゃ、邪魔したな。」
ホントだよ。
せっかくいいところだったのによ。
まぁ、明美とも普通に話せたし、いいか。
そして二人はドアを閉めて去って行った。
「シロ…、お前、柴崎に変な相談すんなよ。」
「??変な…?」
シロの耳から手を離して、振り向いたシロを抱き締める。
自覚ナシかよ。
「また立てなくしてやろうか?」
「だって…。」
頬を軽くつねると、少し顔をしかめたシロは俺の腕の中でおとなしくなる。
可愛い。
可愛過ぎるよ、お前。
「あ、亮平ー、お前、今日替わりでシフト入ってなかったか?」
「やっべ…!忘れてた!」
またドアが開いて、柴崎が現れた。
シロに夢中になって、バイトが入っていることをすっかり忘れてしまっていたのだ。
俺はドタバタと支度を始める。
「シロ、おとなしく待ってろよ。」
「うん、待ってる。いってらっしゃい!」
シロの頭をポン、と叩いて、玄関に向かった後、笑顔で見送られて、家を出た。
いってらっしゃいあなた、新婚状態かよ。
まぁ、悪くはないよな…。
待ってろよ、あの家で。
狭くて、でも居心地のいい、スィートホーム。
END
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