「魔法がとけても」-7




「オレさ、違反しちゃったみたいなんだ。」

冬の朝、外なんかで寝て、顔以外は凍るぐらい冷たくなってたシロに、
冷蔵庫にあった牛乳を温めて出してやった。


「違反?何が?」
「え?人間と、交尾しちゃったから。」
「こう…‥ぶはぁっ!」

俺は飲んでいたコーヒーを、思い切り吹き出してしまった。
そ、そういやそうだった…。
ヤっちまったんだ、俺とシロ。
なんだかガラもなく恥ずかしくなって、俺はシロから少しだけ目線を逸らす。


「でさ、裁判にかけられて、審査されてた。」
「へ、へぇ〜、裁判か…。」

一体どういう世界だよ。
俺はもうついて行けねぇよ。


「そしたら、亮平、泣いてたから…。」
「ぶ…っ!あ、あれ、見てたのかよ…っ?」
「亮平、汚いなー。」
「う、うるせぇな、もう…。」

俺はまたしても吹き出してしまって、そこらへんにあったタオルで慌てて床を拭いた。
あああ…‥。 なんて失態だよ。
男のクセに、あんな、わーわー泣いたトコ見られてたなんて。


「で、罰としてずっとその人間の傍にいなさい、って猫神様が。」

シロは俺に擦り寄って来る。
甘いミルクの香りが、鼻を掠める。


「はは…、そりゃ、罰じゃねぇだろ…。」

なんだ、いい奴じゃねぇか、猫神とやら。
今度シロに頼んで、会わせてもらって、なんか奢ってやるか。
高級猫缶とか、アジの干物でも。


「あぁそうだ、俺、医者目指すから。」

俺は、シロがいなくなって、寂しいのと同時に、ずっと考えていたことを、口に出した。
ろくでもない男だと言われた俺が今、できること。
子供の時のあのことを償えること、シロのためになれること。

「お前、俺がチャラチャラしてるからって、頭悪ぃと思ってんだろうけど、これでも勉強は出来んだからな。死ぬ気でやってやる。」


俺が突然そんなことを言ったもんだから、シロは不思議そうに俺を見上げる。


「美幸の話聞いた時、考えた。美幸もお前と離れるの嫌だったんだろうな、って。だから、そういう人間を救いたいんだ。」

まぁ、お前と離れて初めてわかったんだけど、美幸の気持ちなんか。
それまでは結構どうでもよかった…っていうのは言わないことにしよう。


「だから…、俺がいつか、開業医になったら、お前、受付と事務やれ。」
「え…と、それって…?」

叶うかわからない遠い夢を呟いて、俺はゴホン、と咳払いをして、シロの頭を撫でた。
シロはわけがわからず、瞳をくるくるしている。
あぁもう! 全部言わせんのかよ!
鋭いんだか、鈍いんだか、どっちだよ。


「ずっと俺と生きろ、って、言わなきゃわかんねぇのかよ。」
「亮平…。」
「…でもまぁ、とりあえず、この字じゃダメだな。」
「あ!それっ!」

体温が戻ったシロの身体は、温かい。
俺は大事に持ち歩いていた、シロからのラブレターを、目の前に差し出した。


「えーと…、でも、オレの愛は伝わったかなって…。亮平のために頑張ったんだけど。」

伝わるどころか、もう。
愛しくてたまらないシロの頬を、両手で包み込む。


「好きだから、もう、行くなよ?」
「うん、亮平…。」

熱を帯びたシロの唇をそっと指でなぞり、自分の唇を重ねようとした。



───ぐるるるる〜〜〜…‥。



「──あ?」
「あ、あのオレ、腹減ってて…。」

あーあ。ムードもクソもねぇ。
まぁ、いいか、もう離れることもねぇしな。


「あぁ、後で、パフェ、食いに行くか?」

俺はふっと思い出した。
あの時あんなに食いたいと言っていたパフェに、ほとんど手を付けずに帰って来てしまった。
それなら同じものでも食いに行こうと思ったんだ。
だけどシロは、静かに首を横に振った。


「いい、いつでも。今は期限切れの弁当でいい。」
「そうか…。」

いつでも。
その言葉がやけに心に染みる。
しかも、弁当持って帰って来てたの、お見通しかよ。


「もう猫じゃないから、無理して猫缶も買わなくていいぞ。」

あぁ、そうか…。
魔法がとけて、猫でもなくなったのか。
あれ? と、なると、人間なのか?
人間、でもないような…。
こいつは、何に属するんだ?
俺は台所で、黙って考え込んでいた。


「亮平〜、早く、腹減った!」
「あー、ハイハイ。」



お前の魔法はとけてしまったけど。
今度は俺がお前に魔法をかけられたんだ。
多分ずっととけない、恋の魔法。









END.








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