「永久性微熱2─体温」








『ほたゆ、まって、おいてかないで〜。』

自分より二つ上の兄が大好きだった。
いつも置いていかれそうになると、兄の蛍は椿の手を取ってくれた。
離れないように、ついてくるように、と。
それが恋人となった今、それは強くなり、ずっと蛍は傍にいる、そんな自信さえあった。

なのに、何かの冗談だと思った。
そうでなければ、夢でもみてるんだ、そんな否定的な考えしか浮かばない。


「俺、来年から一人暮らししようと思って。」

大学進学を決めた兄の蛍が、夕飯後、父と母にそう告げた。
思ってる、というよりは、もう決めた、という感じで。
あぁ…、そうだよな。 俺とのことなんて、そんなもんだろうな。
都内の大学で通えないわけないのに、わざわざ出て行くんだもんな。
同じ屋根の下にいたい、なんて俺だけが思っていたんだ。
もう飽きたんだ、俺との恋に。
それとも、周りに対する罪悪感に耐えられなくなったのか?

我慢ができず、頑張って、とだけ言って、蛍の顔を見ないで椿はそこからいなくなった。







「…椿、いい?」

30分ほどした頃、自室のドアが小さく叩かれた。
同じような優しい蛍の声が、今は棘のように突き刺さってくる。
いいよ、と言う間もなく、そこから蛍が顔を覗かせて、静かに歩み寄って、椿の手を取る。


「椿、怒ってる?」
「……‥。」

当たり前だ、いや、怒ってるんじゃない。
それ以上にショックが大きい。
蛍がいなくなる、自分を好きじゃなくなる。
ベッドに横たわってだらしなく垂れた椿の腕に、蛍の柔らかい髪がふわりと触れた。
髪の一本まで愛しくて、手を伸ばして優しく撫でる。
もうこんなことができないなら、最後に…。


「俺が出て行ったら、…椿遊びに来てくれるかな、って…。」
「え…、それって…。」
「ふ、二人きりとかになれるかな…、って思って…。」
「蛍…。」

シーツに顔を伏せてもごもご言う蛍はきっと真っ赤だろう。
撫でた頭皮から微量の汗を感じて、同時に熱も感じたから。


「蛍、こっちきて。」
「うん…。」

温かい毛布の中に手を引いて全身を引き寄せた。
幼い頃、秘密の話、と称して話しながら眠ったみたいに。
あの時は、手を引いたのは蛍のほうだったけど。


「あ、あのさ、俺遊びに行く。」
「うん。」
「ごめん、俺、ちょっと疑ってた。」
「うん、だと思った、誤解させてごめん。」

引っ張られた袖に蛍の思いを感じて、暗くて蒸せる毛布の中で何度もキスをする。
思いが通じ合って何度この家の中でキスをしたんだろう。
そしてどうしてそれだけでは満足できないんだろう。


「蛍…、蛍…。」
「…ぁ、椿…‥っ。」

白い首筋をわざときつく吸って、自分の所有物の印をつける。
掻き上げた髪の隙間に、いくつもの花弁が散って、その数が増える度に蛍の身体はびくんと跳ねた。


「あ…っ、椿…っ。」
「ごめん、蛍、ごめん…。」
「ふ…ぁっ、ん…っ。」
「蛍、好きだ…。」

蛍は快感にあげる甘い声を掌で塞ぐ。
堪え切れずに指と指の間から、喘ぎと生温かい唾液が零れる。
そんな蛍の僅かな理性がわからないほど、椿は夢中で首より下へと 唇を滑らせ、捲った服の胸の突起を舌先で転がした。
唾液が絡まったそこは硬く腫れ上がり、蛍に聞こえるように音をたてながら甘噛みしたり優しく舐め上げたりした。


「ん…ふ…っ。」

涙を溜めた蛍の下半身に手を伸ばして、形の変わり始めたそこを包み込んで愛撫する。
先走りが指に絡まって、濡れた音が狭い部屋に響いた。


「つ…、ばき……‥‥っ!!」

動かす速度が速くなり、指先で先端を撫で回した後、蛍は籠もった声と身体を震わせて、椿の手の中に白濁を放った。





「ごめ…、俺…、ごめん、でもあんなされたら…っ。」

椿に背を向けて、蛍は半分泣いてるように小刻みに震えている。
自分より年上なのに、可愛いと思う。
何も知らなくて、びっくりしてる子供みたいだと思う。


「あったかい…。」
「ちょ…、やだって椿…。」
「蛍の温度だ。」
「何言って…、もうやだって…。」

近くにあった布にそれを拭き取って、恥ずかしさのあまり部屋を出て行こうとして立ち上がった蛍の背中にしがみついた。
もっと高い、蛍の体温を感じながら、離さないように強く。


「蛍、行くな、行かないで、家出てっても、俺から…。」
「離れないよ。」
「俺嫌だ、蛍に捨てられたらもう…。」
「大丈夫、俺だってやだから、傍にいるよ。」

普段は目線の下にいる蛍が、今は本来の兄のようだ。
まだ小さい弟をあやすような、昔の記憶が蘇る。
兄だけど、椿にとって蛍はそれ以上に恋人なのだ。
蛍も多分同じだと思う。
傍にいると言った蛍の体温が、まだ微かに熱いから。


「椿、俺はずっと傍にいるよ。」

蛍が自分を兄ちゃんと言うのをやめても、あの言葉は変わらない。
その思いも、あの時と同じ、それ以上だ。



『ほたゆ、まって、おいてかないで〜。』


蛍、待って、置いて行かないで。
ずっとその手を繋いでいて欲しい。








END.




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