「ラブホリック・ランドリー」-1





それは、いつも行くコインランドリーでのこと。
今年21歳になるフリーターの俺は、現在職無し。
いわゆるプーとか、最近じゃカッコつけてニートとかいうやつ。
決まった仕事もすぐにクビになって、上京してからこれで20件を超えた。
貯金も底を尽きて、仕方なく家にあるもの、家具とか服とかを売ったりもした。
そう、俺が今こんなところにいるのもそのせい。
2ヶ月前に、洗濯機を売っ払ってしまったからだ。
そのわりにはたいした金額にはならなかったし、
何より近所とは言えいちいち洗濯物を持ってここまで来るのが面倒で仕方ない。


「あーあ…、うまくいかないよなー。」

口から出るのはそんな不満ばかりだ。
だけど…、そんな中ここに通うのには理由があるのだ!!

その時ちょうど、俺の後ろのドアがカラカラと音を立てて開いた。

――――来た!!
清潔そうな白いシャツにグレーのコートを纏った、若い男。(俺の心の中の呼び名:Kくん)
年の頃は俺と同じかその上下2歳以内ってところと睨んでいる。
目なんかすごい綺麗で、見つめられたら眩暈を起こしてしまいそうなぐらい。
そう…、俺は、2ヶ月前に出会ったこの彼に恋をしているのだ!!
自称恋愛のエキスパートとしては、ささっと決めようと思えばできるんだけど、
まぁ一応最初は慎重に…って思って早二ヶ月になる。


「………。」
「………。」

Kくんとは常に沈黙した時間が流れる。
せっかく一緒の時間過ごしてるんだから、ちょっとは話し掛けてくれてもいいのになぁ…。
こっちからは恥ずかしくてできないっていう乙女心(?)をわかってくれよー。

Kくんとの出会いは、その、2ヶ月前のことだった。
コインランドリーなんて使ったことがなかった俺はまだ慣れていなくて、
誰かが来たのに慌てて、洗濯物をまとめようとして、パンツを床に落とした。
その時来た誰か、がKくんで、俺の洗い立てのパンツを拾ってくれたのだった。
その時のことがずっと忘れられなくて…。
以来片思いをしているんだけれど。
どうにもこうにも、きっかけがなくて、喋ることもできない。
あの時はまぁ、事務的だけど、喋れたのになぁ…。


『あの、落としてます。』
『あっ、ありがとう…。』

コインランドリーで始まる恋、とかって思ってたのになぁ…。
あの時のKくんの俺を見つめる顔、カッコよかったなぁ…。
俺のパンツを握る手も大きくて、あの手で触れられたらどんなに気持ちいいんだろ…。
いっそ俺はあの時のパンツになりたいぐらいだ!!
いや、違うか、それよりならKくんのパンツのほうがいいか…?
だってすっごい気になるもんなー、好きな男がどれだけのモノ持ってるのか。
その立派なモノで俺を突いて!なんて言ってみたいよなー…。

洗濯機に放り込まれる、Kくんのパンツを凝視していた。
あのパンツの下にはどんなモノが収められているのか。
気になるな…、どうにかして俺がパンツに変身する方法ってないのかな…。
うーん、パンツになりたい…、Kくんのパンツに…。


「うーん、うーん…。」
「あの…。」
「うーん、うん?!」
「あの、すいません。」

俺が今、人生最大級に思い悩んでいる時に、誰だよ声なんか掛けてくるの!
今せっかく浸ってたっていうのに!


「これ、落としてます。」
「わ!!Kくん!!」
「け…けい…??」
「いや、なんでもないっす!あははありがとう!!それじゃさいなら!!」

うわーうわー!!
Kくんに話し掛けられちゃった!!
こんなだったら俺、わざと毎回パンツ落とそうかなー♪
そして二人はフォーリンラブ!なんてねっ。
俺はウキウキ気分で、洗い立ての洗濯物を持って、自宅へと戻った。














「やっほー♪まぁくん、聞いてよ!」
「あぁ?なんだまた振られたか?ヤられたか?ヤり逃げされたか?妊娠したか?」

その夜、俺は友達のまぁくん(本名・将志)のところへ行った。
幼馴染みで、今も結構近くに住んでいたりして、俺の親友ってところだ。
まぁくんは夜、このバーで働いている。
その制服姿はカッコいいことはカッコいいけど、欲情したことはない。


「どれでもないよーん。つか妊娠は有り得ないでしょ。」
「わかんねぇだろ、お前みたいな下半身野郎は。」
「うわ…、ひどいなぁー。それが久々に会った友達に言うこと?」
「何が久々だ、一昨日来たばっかじゃねぇかよ。」

あーあ…、まぁくんせっかく男前なのに口が悪いんだもんなぁ。
確かに俺、金ないからって時々、いや、結構?しょっちゅう?この店来てるけど。
グラスを拭きながら、まぁくんはいつも俺に説教ばかりする。


「それで?どうした?」
「あのさー、今日Kくんと喋ったんだよ俺!これってこの恋が成功することの表れだよね?」
「なんで喋っただけでそうなるんだよ…、おめでたい奴だな。」
「あと一押しってところかな?まぁ、なんとかするけ…、あれ?まぁくんどしたの?」

まぁくんの、グラスを握る手がわなわなと震えている。
眉間に皺なんか寄せて、おっさんじゃないんだから。


「何が恋だよまったく…。」
「あり?どしたの?あっくんなんか悪いことした?」
「いい歳こいて自分のことあっくんなんて言うな気色悪い。」
「気色悪いって…、そんなぁ〜。」
「お前がそうやって恋だの愛だの騒ぐ度に俺がどんだけ迷惑かけられてると思ってるんだ。」
「仕方ないじゃん…。」

うーん…、確かに、俺、なんかあるとまぁくんに相談(という名の泣きつき)してたけど…。
まぁくん迷惑って言いながら俺の相手してくれたし。
幼稚園の時から仲良くしてくれたし…。


「仕方なくねぇ!これで何度目だ?その恋とやらは。」
「えっと…、わ、わかんない?」
「記念すべき(?)30回目だよ!」
「わー、すごーい!そっかー30回目かぁー…。」

それは、俺とまぁくんが幼稚園児の頃から始まる。
当時通っていた幼稚園に研修に来ていた男前な保父志望の大学生がいた。
ある日俺はその大学生に、なんというか、悪戯されて…。
一緒にいたまぁくんは気持ち悪いって泣いてたけど、俺は違った。
なんだかこう…、身体が熱くなって気持ちよくなっちゃって…。
つまりはそれで俺、男に目覚めちゃったんだよね。
性の目覚めってやつ、ちょっとばかり早いけど。
それから小学校、中学校、高校の教師、塾講師、同級生、先輩・後輩、病院の医師まで、色んな人に恋をしては別れを迎え…。


「篤紘、今度はうまくいくのか?」
「えっ、うん…、多分?っていうか、心配してくれんの?」
「お前じゃなくて俺の心配だ、迷惑かけられるのは俺だし。」
「ちぇー、なぁーんだ。まぁくん相変わらず俺には興味ないんだね。」

そう、不思議と恋多き乙女、な俺でも、まぁくんとそういうことになったことはない。
俺は何度かする?って聞いたけど、あっさり断られたし。
男に興味ない人ってそんなもんなのかな…。


「当たり前だろ、誰がお前なんか。友達じゃなかったらぶっ飛ばしてるぐらいだ。」
「ひゃーこわっ!」
「どうせ俺ぐらいしか友達いないんだろ。だから我慢してるんだよ。」
「う…。それはそうかもしれないけど…。が、我慢しなくていいよ?ね?する?エッチする?」
「ね?じゃねぇよ、そっちじゃねぇよ!俺は普通に女が好きだし、彼女もいるんだよ!」
「なーんだ、つまんないの…。」

確かに俺、下半身についてはちょっとだけ(?)だらしないかもしれないけどさ…。
今も彼氏いない歴2ヶ月半でウズウズしちゃってるよ。
ずっとこのところ自分の手でしかしてないし。
しかもオカズは妄想の中のKくんのパンツの下だけど。
だって仕方ないじゃん…、好きになったらエッチしたいって思うのは。
それが人よりちょっとだけ回数多くて、ちょっとだけハマっちゃうってぐらいで…。
多分それが他の人にはムカつくんだろうな…。
いい加減だの淫乱だの、色々言われたっけ。
まぁくんの言う通り、俺、他に友達って呼べる人いないし…。


「俺、今日は帰るね。また来る、ご馳走様。」
「ん?あぁ。」

なんか落ち込んできちゃったなぁ。
ここに来た時は、あんなに浮かれてたのに。
やっぱり、こんな俺、相手にしてくれる人なんていないのかな…。
Kくんも、俺のことなんて好きでもないのかも…。
あぁ、ヤバい、沈んできた!!


「篤紘、頑張れよ。」
「えっ、う、うん!ありがとう!」
「あと、ツケ早く払え。金も返せ。働け。」
「うー…、それはまた今度!じゃあね!」

何が今度だー、なんてまぁくんの怒鳴る声を聞きながら、店を後にした。
冬の冷たい風が、アルコールを吸収して火照った身体に気持ちいい。
フラフラしながら、俺はまた一人の自宅へと戻った。
Kくんの声を、脳内で思い出しながら、また浮かれ気分で。









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