「ウェルカム!マンション」番外編「オーナーの秘密」





昨日途中で終わってしまったことを、 今日は翠さんに聞いてみようと思う。


「翠さん、あの…。」
「なんだ風呂掃除は終わったのか?」

紫堂さんには、風呂場へ向かってる時、ちょっと用があるからって言って誤魔化した。
そして幸い今はここに遥也くんもいないみたいだ。


「あの、翠さんのご飯って美味いですよね。」
「ん…、そうかそりゃよかった。」
「なんでそんなにです?教室とか通ってたとか?」
「いや、趣味だ。」

男の人なのに変わってるなぁ。
性別抜きにしてもちょっと変わってるけど。


「掃除も?」
「趣味だな。」
「じゃあラジオ体操やるのは?」
「それも趣味だな。」
「もしかしてマンションのオーナーも…。」
「趣味だ。」

短い言葉で返される。
うーん、思ってることそのままわかるように言えて羨ましいかも。


「じゃあ遥也く…。」
「それは本気だな。」

最後まで言う前に遮られた。
本気。
翠さんの横顔でそれが本当だってことがわかる。


「あの、遥也くんと翠さんは…。」
「ラジオ体操の前に門の前掃除してて見つけた。」
「見つけたって…。」
「捨て猫みたいに寝てたな。」

少し前なのかもっと前なのか、 翠さんは懐かしそうな瞳をする。
寝てた…って地べたにか??


「寒さで熱上がってたから裸であっためてやった。」
「すっごい古風ですね…。」
「そんでムラっときてな…抱いちまった。」
「え…っ。」

ちょっとだけ、翠さんの目の下が赤くなった。
後悔してんのかな?
いい歳してそんなこと、とか思ってるのかな?
そんなこと言ったら怒られそうだけど。


「そしたらあいつ、笑ったんだ。」
「笑った…?」

『僕、こんなしてもらったの初めて。もっとして。』
息を乱しながら、瞳を閉じて抱き付いて来て。

「それでまぁ、惚れたな、完全に。」
「は、はぁ…。」
「家出してきたんだと。それ以外はわからん。」
「わからんって!」

そんな何も知らない人と住んでていいのか?
なんか騙されたりとかしてないの?
しかも惚れたって…。


「じゃあ名前も嘘かもしれないってことですか?」
「あいつは嘘はつかん。」
「すごい自信…。」
「お前らより歳は食ってるからな。」

そういう問題なのかなぁ…。
ふ…、と笑う翠さんを見ていた。
緩んだ顔。
遥也くんのこと思ってんのかな。


「遥也くん、幸せなんだろうな…。」
「悠真?」

翠さんにこんな顔させてるんだもん。
俺も紫堂さんともっと幸せになりたいな。


「翠さん、紫堂くんが洗剤ないって騒いでたよ。」
「ん?あぁ、しょうがねぇなぁあいつは。」

ぎゃ!またしても噂をすればなんとやら。
翠さんは遥也くんのこの突然後ろから声かけてきたりすんの平気なのかな。
俺、全然慣れないんだけど。
いっつもビックリしちゃうよ。
翠さんが重い腰を上げて風呂場へ行こうとする。
俺も行かなきゃ。
紫堂さんに会いたい。
…って、同じ部屋にさっきまでいたけど。


「悠真くん。」
「えっ、な、な、何っ?」
「さっきの、ありがと。」
「え…。」

さっきって…、幸せなんだろうな、ってやつ??
うーん、なんかわかんないけど、人には事情ってもんがあるってことか。
それならあんまり詮索しないほうがいいのかも。
だって、数えるぐらいしかない、遥也くんの微かな笑顔が見れたから。
よし、俺も紫堂さんのところに急ごう。


「紫堂さんっ、遅れてごめんなさいっ!」





END.




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