「ウェルカム!マンション」番外編「シークレット・デート」





「悠真、明日出掛けるぞ。」
「へ……??」

大学の授業が休講になって、一日空いた俺に、
紫堂さんは突然そんなことを言い出したもんだから、思わず変な返し方をしてしまった。


「どこ行きたい?」
「え…と、それって…。」

い、いわゆる一般的に言う、デートってやつだろうか。
そう言えば俺と紫堂さんって、付き合ってから一度もデートなんて したことなかったっけ。
男同士でデート、とか普通に単語が出てくるあたり、俺ももうそういう世界に浸かってるんだなぁ、と思う。
でも、俺が好きなのは紫堂さんだもんな…そういうのはどうでもいい。


「悠真??」
「‥…かん…。」
「は??」
「すっ、水族館…とか…??」

男同士で水族館ってやっぱり変だろうな…。
でも、デートも俺も一般的でも、紫堂さんは一般の人とはちょっと違うんだ。
もし俺と一緒にいるところなんか見つかったりしたら。
そんなことで紫堂さんのイメージとか壊したくない。


「水族館?」
「く、暗いから…。その…。」
「誘ってんの?」
「違います…!」

もう、なんでこうエッチなことばっかり言うかな。
俺はそんなんじゃなくって…。
ちょっとムッと紫堂さんを見ると、嬉しそうな表情そのものだった。
時々幸せそうにふわっと笑うんだ。
それで俺を優しく抱き締めてくれたり。


「お前いい奴だな。」
「紫堂さ…、苦し…。」

優しい抱擁はすぐに情熱的なものに変わり、俺の頭を撫でる紫堂さんの手から、熱を帯びていくみたいだ。
どうしよう、俺も、幸せだよ。
紫堂さんもそうだって、思っていい?
俺、自惚れていい?


「よし決まり。コースは俺に任せろよ?」
「ハイ。よろしくお願いします。」

なんだかかしこまって挨拶してしまって、そんな俺を笑った後、紫堂さんはキスしてくれた。










「ちょ…、ちょっと待って下さいよ…!」
「はぁ?」

もしかして、っていうのが1ミリもなかったわけじゃないけど。
それにしたって紫堂さんってば…。
翌日、マンションのみんなに見送られて向かった先は駅。
前に言ってたけど、ホントに電車に乗るんだ…。
絶対みんな気付くって。


「紫堂さんっ、電車はやっぱマズいですよ!」

多分、紫堂さんなりに変装はしてると思うんだけど、基本がなんか違うんだ、よく言う、オーラってやつ。
いくら服を地味な色にしても、いくら眼鏡かけても、全体的に醸し出すオーラが他の人とは違う。


「じゃあ何で行けっつーんだよ。」
「え…、車…とか。」
「車なんかめんどくせぇ。」
「電車のほうが面倒ですって!」

でも、一度決めたことは曲げない紫堂さんを知っている。
というか、俺もそんな紫堂さんにならついて行きたい、とか思っちゃうから、恋ってある意味すごい。
だってもう、券売機まで来てるし。


俺が心配してたのに反して、平日の空いてる時間とあって 電車内は人がまばらで、幸い紫堂さんに気付く人もいない。
隣に座っている紫堂さんの肩と俺の肩が電車が揺れる度に触れ合って、それだけでドキドキしてしまう。
直接触っているわけでもないのに、好きってだけでこんなに…。


「…真、悠真、降りるぞ。」
「…はっ、うっ、あ…!」

俺、いつの間に…!
起こしてくれた紫堂さんの肩にすっかりもたれかかったりなんかして。
ドキドキしてるうちに寝るなんて、普通逆だろ!


「おはようのキスは我慢しろよ?」
「な…!当たり前です!!」

すっごいハッキリ目覚めたじゃないか。
そんなこと言われなくてもわかってるってば。
っていうか、別にそんなにしたいとか思わないし…ってのは嘘、かな…。


「結構穴場なんだよ、ここ。」

そう言って紫堂さんが連れて行ってくれたのは、 高層ビルの一角にある水族館だった。
なるほどその通り、そこも平日とあって人がまばらだった。
俺が紫堂さんのこと考えたように、紫堂さんも考えてくれたんだ。
嬉しい…、すごく嬉しい。


「ホラ、悠真。」
「いっ、いいですよ手なんか…!」
「大丈夫、暗いとこだけ。」

入り口を過ぎて大きな水槽が見えた頃、辺りは真っ暗で、そんな中なのに紫堂さんが悪戯っぽく笑うのはわかる。
本当は、紫堂さんもコソコソなんかしたくないんだな…。


「ハイ…。」

暗いのをいいことに、差し出された手を強く握った。
明るい外に出るまでだったけど、俺には十分だった。


思ったよりも水族館で長居してしまって、夕方になって連れて行ってもらったのは、
そのビルの中にある、高級そうな、いや、見るからに高級なレストラン。
俺、こんな普段着でいいのかよ…、あんまりよくない気がする。
しかも個室って!
俺の住んでた田舎にはそんなお洒落なところなんかなかったもんな。


「いらっしゃいませミヅキ様。」
「料理のほうは?」
「ええ、今すぐ運びますので。」
「じゃあ頼む。」

な、何───!
紫堂さん、そのこなれたっていうか親しげな会話何?
こんなところに出入りしてんのか──!


「芸能人で得したな。」
「…あの…、紫堂さんは常連さんとか??」
「あぁ、心配するな、スタッフと来てるだけだ。」
「そうですか…。」

よかった。
思わず溜め息を吐いた。
気にしてないって言えば嘘になる、紫堂さんの俺と会う前のこととかあるし。
そんなの俺のわがままだってわかってるけど、できればそういう話は、思い出したくないから。


「こういうところは嫌か?マンションのほうがいいか。」
「嫌じゃないです、翠さんの料理も好きだけど…。」

ぼんやりとした照明の中、高級な料理、
俺はまだ未成年だから酒は飲めないけど。
丁寧で一流な店の人のサービスとか、
ビルの中とは思えない。
この狭い空間に二人だけなんだ。


「紫堂さん。」
「なんだ?」
「その…、また連れて来てもらえますか?」
「当たり前だろ。」

そう言った紫堂さんの唇が、俺の頬に触れた。
顔、絶対真っ赤だけど、ここも暗いし、他に誰も見てないし。


「…ちょっと、紫堂さんっ!」
「あぁ?」
「なっ、舐めるのはやめて下さ…!」
「ソースついてたんだよ。」


本当なんだか嘘なんだか。
でも紫堂さんの気持ち、俺に触れたいっていうのは、絶対嘘じゃないよな…。
次に連れて行かれそうになったところがそのものだから。


「やっぱ最後はここだよな。」
「ダッ、ダメです…!」
「マンションだと聞こえるからっつたのお前だろ?」
「でっ、でも…!門限が…!」
「いい、翠さんに外泊メールしとく。」
「そ、そんな〜!!」

そんな簡単に外泊していいのか?
いや、まぁ立派な?大人なんだけど。
そうじゃなくて、俺まだすることに慣れてないんだ。
紫堂さんのこと好きだからいいって言えばいいんだけどでも…!
はっ、恥ずかしいし!!


「ねぇ、あれってさ。」
「わっ、本物??」

ホテルの前で行くの行かないの言っていた俺たちの後ろから、若い女の子の声がした。
一番心配してたこと。


「悠真!走るぞ!」
「あっ、ハ、ハイっ!!」

「ミヅキよ──っ!」
「待って──っ!」

夜の都会の真ん中を、俺は紫堂さんに手を引かれて走った。
俺がおいていかれないように、離れないように、ってそれはとても強い力で。
もしそんなことがあっても、俺からも離さないようにする。
紫堂さん…!紫堂さん…!!


「紫堂さんっ、好きですっ!!…わっ、うわわっ!」
「バカっ、なんだイキナリっ!」

ようやく女の子たちから逃げて、人通りのない路地に入った瞬間、我慢できなくなって、叫んでしまった。
紫堂さんはバランスを崩して、俺も一緒に地面に叩きつけられた。


「いたた…。」
「バカっ、お前のせいだ。」
「す、すいません…。」
「お前のせいだからな。」
「ハイ。」
「笑うなバカ。」

相変わらず紫堂さんは俺をバカ扱いする。
でも俺、知ってるよ、それって紫堂さんの愛情表現だってこと。
それなら俺、何回言われてもいい。


「紫堂さん、俺…。」
「やっぱ外泊だな。」
「え!!」
「外泊決定。」

目の前にある建物を指差して紫堂さんはニヤニヤと笑う。
あぁもう…、わざとでもいいって思うじゃないか。
きっと紫堂さんは俺が頷くのを待っている。

そしたらまた子供みたいに悪戯っぽく笑うんだ。






END.




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