「Love Master.」番外編6「名取くんが花嫁??」







「お前に、前から言いたいことがあったんだ。」

ある日の朝食時、寮の食堂にて遠野が言った。
えーと…、なんかすっげぇ真剣なんだけど、こいつ。
テーブルに箸なんか揃えて。
なんか俺、悪いことしたっけ…??


「えっと、なんだ??」

なんで俺こんなにビビってんだよ。
唾飲む音、自分でわかったぞ、今。
だってこいつが真剣な目する時って、なんか妙なこと考えてる時なんだよ。
また俺に夫の座を譲れ、とかなんとか。
こんな朝っぱらからそれはなぁ…みんないるし。


「その目玉焼きにかけているのはなんだ?」
「は??」
「それだよ、その液体。」
「…??ソースだろ?」

そんなん見りゃわかるだろうが。
俺はテーブルの上に載っている目玉焼きに目を落とす。
なんだなんだ、遠野に何が起きた?
そんなジッと見られたら、目玉焼きも照れるだろ。
いや、そんなわけないか、俺が照れるっての。


「目玉焼きには、醤油だろう?」
「まぁ、一般的にはそうか?俺はソースのほうが好きだけど。」
「名取、それはおかしい。」
「は?」

つーか、お前にだけは言われたくないって!
お前ほど変な奴なんかいねーぞ。


「日本人なら醤油だろう?」
「そうだけど俺はソースがいいんだって!」
「ダメだ、寄越せ。」
「ちょ…、何すんだよ!」

お、俺のおかずー!!
俺が止めるのを振り払って、遠野は食堂の厨房へと向かう。
みんなすっげぇ見てるぞ、何やってんだよ!


「うわあぁ──っ!遠野っ!何してんだ!!」
「醤油にしてくれ。」
「だからって洗おうとするかよ!」
「他にどうすればいいんだ?」

料理できるクセにそんなことするか普通。
水道の蛇口から勢いよく水が流れて、 あとちょっとで触れる、というところで皿を押さえた。
厨房の人たちも見てるし…。


「イキナリ何すんだよ!」
「俺は醤油じゃなきゃ困る。」
「知らねーよ!俺はソースが好きなんだっ。」
「でもダメなんだ。」

むっかー!!なんかすっげムカついてきた!
なんで俺がそんなこと言われなきゃいけねんだ。
そんなの個人の好みだろ?
そんなこだわることじゃないだろうが。
しかも俺がこんなにぜぇぜぇ息切らしてるっつうのに、涼しい顔しやがって。


「まぁまぁ、喧嘩するほど仲良いっていうもんねぇ。」
「夫婦喧嘩は外でやってちょうだい。」

つーかなんで厨房の人たちまで知ってんだよ。
俺と遠野が付き合ってること。
実は婚約までしてるけど。


「違うっ、俺はこいつに振り回されっぱな…。」

あ…しまった、俺、なんかヤバいこと言った?
今の…遠野も聞いてた…よな、絶対。
だってさっきと顔つきが違う…。
うわっ、俺、もしかして本気で怒らせたのか?
いや、でも最初にあんなことした遠野が悪いよな。
俺、悪くねーぞ。悪くない…よな?


「そうか、わかった。」

あぁぁ…怒った、みたいだ。
俺置いて出てくなよ。
なんだよ、ソースごときでよ。
もう知らねぇ、俺、絶対謝んねーからな。
きっと遠野から謝ってくるだろうしな。
そんでここは一つ、俺が夫だとちゃんとわからせてやらないと。
そして二人はもっとラブラブに…、なんてな!
我ながらちょっといい計画じゃんか。
俺は厨房のみんなが見ているのを忘れて、一人不敵に笑っていた。



…のハズが。


なんでだよ、なんで謝って来ないんだ遠野は。
もう三日目だぞ?
ずっと遠野に触ってないどころか、俺たち一言も口利いてない…?
遠野の奴、朝は早く行っちゃうし、夜は布団に潜ってるし。
なんだよ…、俺が結局謝るのか…。
俺もまぁ、もう限界だしな。
そうだ、俺、やっぱり遠野のことがこんなに…。


「名取…。」
「えっ、あ、ハイっ!ハイハイっ!」

俺から謝ろうと、決意したその時、遠野が重たい口を開いた。
びっくりして変な返事しちゃっただろ。


「俺とソース、どっちが好きだ?」
「───はい?」

会話したと思ったら、それかよ。
いや、会話にもなってないな、これは。
そんな俯いて、言うことじゃないだろ。
なんか表情暗いんですけど。


「やっぱり、好みは大事だろ。」
「は、はぁ…。」
「夫婦になるには。」
「えっと…、そうだけど、うん、そうだな。」
「お前は料理あんまり上手くないから、俺が作ることになる。」
「いや、まぁ、あんまりっつーか下手だけど。」

ホワイトデーのケーキを思い出した。
あれ、すっげーマズかったな。
それを遠野の奴、無理して飲み込んで。
あん時は俺、感動したっけな。


「だから好みが合わないと名取と結婚できないと思って。」
「そんなことないだろ!」
「それに俺に振り回されてるみたいだしな。」
「それは…その…。」

あ〜、やっぱり、しっかり聞いてたな。
うわ…、こんな遠野初めて見た。
もしかして、俺に嫌われた、とか、俺はホントは遠野を好きじゃない、とか、もう結婚できない!なんて飛躍してんじゃないだろうな??
つーかしてるだろ、絶対!


「結構前から厨房で料理の勉強してたんだ。」
「それホントかよ?」
「それで夫婦はそういうの大事って聞いて。」
「だからみんな知ってたのか。」

生徒だけじゃなく厨房の人にまで言ったのかよ。
しかも料理の勉強まで。
お前そんなことしなくても十分上手いだろ。
まったく、なんて奴だ。
俺のためにそこまで考えるなんて。
もう、降参だ、俺のほうがダメんなっちまう。


「振り回されてってのは…だから、その〜なんだ、そういうのでも俺はいいってことで。」

俺、今物凄い恥ずかしいこと言おうとしてないか?
でも、遠野はきっと望んでる、俺の言葉。
俺も男だ、ちゃんと言わないとな!


「つまり、振り回されるのがなんつーか好きっつーか…。」

ちゃんと、は言えてないけど…。
俺の気持ち、伝わったよな?
絶対伝わったな、微妙だけど、俺には遠野の表情の変化がわかる。
それは俺だけが知ってるんだ。


「じゃあ名取は俺と結婚してくれるのか?」
「当たり前だ!お前以外に誰とするんだ!」

き、決まった…!
今の俺、自分で言うのもなんだけど、すっげぇ男らしい。
俺だってやればできるんだぜ。
これで遠野も俺に益々メロメロだな…フフ。


「そうか。で、式はいつがいいんだ?」
「…は?」
「結婚式だ。今言ったよな、俺とするって。」
「いやまぁそれはいずれ、ってことで具体的には…。」

遠野…、お前、いつもの、いや、いつも以上に表情が明るいぞ。
すっごく嫌な予感がするのは、俺だけか?


「楽しみだな、名取の花嫁姿。早く見せてくれよ?」

あぁ───…!!
俺だけじゃなかった!
いや、この場合俺だけなのか、嫌なのは。
遠野と結婚するのは嫌じゃないけど。
なんで俺が花嫁なんだよ。
お前が料理すんだろうが。
だいたい俺がドレスとか、似合わない、通り越して気持ち悪いから!


「じゃあこれからサイズを測らせてもらう。」
「いいっ、いいって!やめろ遠野っ!」
「ダメだ、ちゃんと計らないと、作れないだろ。」
「お前が作んのかよ!やめてくれよ!」

俺はベッドに押し倒された。
なんで採寸するのに寝る必要があるんだ。
俺の服、脱がせるな──!!


「三日してない、今夜はいっぱいしよう。」
「嫌だっ、この体勢はやめっ、つかそれ採寸の道具じゃねぇだろ───…っ!!」

仲直り?して早くも振り回される俺だけど、こんな風に一生が続くなら、結婚でもなんでもしてやる。
いや、なんでも、は無理だな。
花嫁は、遠野、お前だ。
俺は絶対花婿だからな───!!


果たして本当にそうなるのか。
今はまだわからないけど、遠野と結婚、それは本当になるような気がする。
実を言うと、なって欲しいと切実に思っていたりする。









END.







◆前サイト時キリバンリクエストです◆
”「Love Master.」遠野と名取のちょっとした痴話喧嘩”
あゅ様より頂きました。








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