「Love Master.」番外編5「遠野くんとお花見」







俺と遠野は今、タクシーの中だ。
それも、数週間前、俺が軽〜く、花見してーなぁ、などと口にしたのを、遠野は聞き逃さなかった。
俺たちは全寮制の学校に通っているが、わりと自分の外に出るのは自由だったりする。
それで遠野が、それなら俺が全部手配する…なんて言うから。
つーか付き合ってるクセに、今だにこいつが何考えてるか、想像もつかねーんだよな、俺。
行き先告げられない、なんて、なんか誘拐でもされてる気分だな。
それにしても…。


「なぁ、なぁ遠野…。」

俺は隣で表情ひとつ変えない遠野に、運転手に聞こえないように耳元で囁いた。


「なんだ名取、落ち着きがないな、もう少しだから、じっとしてろよ。」
「いや、だってよ、あれ、どうすんだよ!」

俺はまたしても運転手に気付かれないように、前部のメーターを指差した。
だってもう5桁なんだよ…、んな金俺持ってねぇぞ。
バイトは禁止なんだ、遠野だってそんな金持ってるわけないし…。
別にうちは金持ち学校ってわけでもないし…。


「到着しました。」
「ん。」
「と、と、遠野っ!」

運転手がひとこと告げると、遠野はそのままタクシーから降りようとした。
その腕を咄嗟に掴んだ。


「お前っ、堂々と無賃乗車かよ!」
「何を言ってるんだ?」
「何言ってるのはお前だって…、ってココ…?」

なぁんかでっけー門だな。 お、桜も咲いてるな。
いや、そんな感心してる場合じゃねぇ!


「あぁ、俺の家だけど。」
「‥‥…は?」
「お帰りなさいませ!龍之介坊っちゃん!!」

な、な、な、何────っ?!
その門が開いて、中にはざっと50人はいるだろう、 声を揃えて出迎えていた。
な、な、なんだよこの屋敷!つか城だろこれ!!
しかも坊っちゃんって! さしずめこいつは殿様か?!
俺は口を開けたまま、突っ立っていた。


「どうした名取、腹でも減ったのか、そんな口開けて。」
「い、いや、お前って…。」

とんでもねー金持ちじゃんかよ!!


「坊っちゃん、よくぞご無事で…。」
「坊っちゃん…!」
「みんな、泣かないでくれ。」
「失礼しました、感激の余り…。」
「坊っちゃんは相変わらずお優しい…。」

ええぇ───っ?!
なんか大袈裟じゃねぇ? みんな涙流してんだけど。


「よーしみんないくぞ!」
「坊っちゃん、ばんざーい!」
「ばんざーい!!」

つーかみんな変なんですけど!!
俺は万歳三唱の中、一人固まって冷や汗を流した。


「みんな、ありがとう!」

そこで礼かよ! 俺、どっから突っ込んだらいいんだよ…。


「あ、あの、遠野、お前んちって一体…?」
「おや?ご存じないのですか?」

さっきの運転手がすかさず俺に話し掛けて来た。
俺は遠野に聞いたんだけど…。


「こちらの御方は不動産・建築業、運送業、交通機関業、
その他様々な事業を手懸ける、 遠野グループ総裁・遠野龍太郎様のご子息でございますよ。」

ひぇ───っ!
なんかもうあれだ、テレビドラマとか少女漫画の世界だろ、これ!
お、俺、とんでもない奴と付き合ってるんじゃないか??
あのタクシーも関連会社とかってことか??
どんだけすごい会社なんだ?


「それはいいから、行くぞ名取。」
「あ、は、はい…‥。」

俺は情けないぐらい頭を低くして、ナゼか敬語で遠野に返事をして、後をついて行く。
それこそ、ドラマなんかでしか見たことない、 赤い絨毯の上を!!






どっから突っ込んでいいんだ、ってのはこのことだよな…。


「なんだ名取、気に入らなかったのか?」

気に入るとかんな問題じゃねぇよ。
自分ちに桜の木があるぐらいはまだいい、違うんだよ、桜並木なんだよ、しかも川とかまであるし!
コ、ココはどこだ…?日本、だよな…。


「なんか俺、疲れた…。」
「疲れるようなことしてないだろ。」

お前だよ! お前んちがだって!
なんか俺…、こいつと付き合ってていいのか…?
なんか…、釣り合わないんじゃないか…?


「なぁ遠野、俺と別れたくなったら言ってくれよ…?」
「何を言ってるんだ?」

だってよ…。 俺はなんだか泣きたくなってしまった。


「お前、こんな立派な家の息子でさぁ、ホモなんて絶対反対されるだろ?」
「そんなこと気にすることか?」
「するだろ普通!だって俺んちなんか一軒家でもねーんだぞ? こんな…、こんなお前…。」

俺は言わなくてもいいような、自分ちの現状まで出して なんとか伝えようとした。


「拗ねるなよ、名取…。」
「拗ねてなんか…っ。」
「可愛いな、涙溜めて。」
「バカッ、からかう…ってなんだよっ!」

下を向いていた俺の顎を取って遠野はいきなりキスしてきた。


「は…っ、名取…っ。」

俺はつい、今のことなんか忘れて、キスに夢中になってしまった。
遠野の口の中に自分の舌を滑り込ませて、丁寧に探ると、そこから甘い声が洩れた。
それを聞いて更に興奮してしまった俺は、遠野の服の中に手を入れた。


「ん…っ、名取っ、あ…っ。」

くっそー、なんて声出すんだ!
なんて顔すんだよ! ダメだ止まんねー!
俺は外ということも忘れて、草の上に遠野を押し倒した。


「と、遠野っ、ヤらせてくれ!」
「名取…。」
「だって俺もう勃ってんだよ!な?頼む!」
「よしわかった、していいぞ。」

やっぱり遠野はどこか喧嘩腰だったけど、 そんなのどうでもよかった。
俺、やっぱりこいつが好きだ!
こうなったら遠野を誘拐でもなんでもして、 一生添い遂げてやる───…‥!!
そう決意して、遠野のズボンに手を突っ込もうとベルトを外した時だった。


「龍之介さん、お帰りなさい。」

えっ────。
背後から、女性の声がして、振り向くと、そこには遠野そっくりな人が俺たちを見下ろしていた。
ぎゃ!遠野の母ちゃん?!


「あっ、いやっ、コレはそのっ、遠野がズボン苦しいって言うからでして!」

うわっ、この言い訳は苦し過ぎんだろ、俺。
俺は慌てて立ち上がって誤魔化そうとした。


「あのっ、決して変なことしようとしたわけでは…。」

バカ俺! んなこと言ったら余計怪しいだろ!
ああぁー、ダメだ、もう謝るしかないよな。
俺はさっきの強い決意はもうどっかに消えていて、その草の上に頭をつけようとした。


「あら、龍之介さん、こちらの方が?」
「そうです、お母様、名取ですよ。」
「まぁまぁまぁ…。」
「どうです?カッコいいでしょう?」

あれっ…‥。 俺は変な体勢のまま、動きが止まった。
えーと。 俺、どう見ても男だってわかるよな?


「あぁ名取、もう家族には話してあるから。」
「いつも龍之介さんから聞いておりますのよ。」

えっ、ええぇ────っ!!
マジですかお母さん、俺たちホモっすよ?
だって遠野は…。


「だからさっきそんなこと、って言ったんだ。」
「愛する者同士、性別なんて二の次ですわ。龍之介さんが幸せならよくてよ。」

いやいや、性別二の次って!気にするだろ普通!


「俺は一人っ子じゃないから、その点も安心してくれ。」
「お二人の新居も設計図を書いておりますから。」
「し、新居って!」
「あら、やっぱり作業が遅かったようですわねぇ…。」

どうしよう! 遠野の母ちゃん、息子以上に変だ!
こんな綺麗なのに…世の中わかんないよな…。


「あ、あの、恐れ入りますが、もしかして龍之介くんのおとっ、お父様も…。」

俺すっげー吃ってるな。
今かなり挙動不審だろうな。
いや、誰でもなるぞ、こんなことになったら。


「えぇ、もちろん存じてますわよ。主人は式場を建てると張り切っておりまして。」

し、式場って…!
遠野、俺恐いよ、お前の家族全員に会うのが。
反対されると思って恐いより、こっちの方が。


「名取、名取。」

青ざめる俺に、遠野が近付いて来て、妖しく囁いた。


「な、なんでございますか…?」

俺はもう、言葉遣いまでメチャクチャだった。


「外って、すごい燃えるな。今度するか…。」
「バカッ、何言ってんだよっ!」
「いいだろ、もう俺たち、家族公認なんだから。」
「そういう問題じゃねーって…。」

あ…‥。 もしかしてこいつ、俺を紹介したくて、家に連れて来たんだろうか…?
うわ…っ、俺なんかすげぇ嬉しいかも…。
そうか、そんなに俺を愛してるんだな。
俺は多分、緊張と興奮と喜びで、 わけがわからなくなっていたんだ。
だからあんなことを口にしてしまったんだ。



「息子さんを下さい!!」




その後俺は花見どころの気分じゃなかったのは言うまでもない。
そして翌日の学校では、俺たちが婚約したことが話題になっていたのも。
プラス、青姦未遂まで。
なんと話の出所はあの母ちゃんだった。
俺はもう、遠野から逃げられなくなった。
逃げるつもりもないし、どっちかっつーと、逃げたくないけど。

俺たちの未来は明るい…‥‥と、思う。








END.





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