「Love Master.」番外編4「名取くんのお返し」
うーん…。
なんで…。
俺は寮の食堂の備え付けキッチンで格闘していた。
ここは寮生が自分で料理したい時や、食堂が休みの時なんかに利用出来る、簡易で小さいキッチンだ。
簡易、と言っても、オーブンレンジなんかもあって、一応一通りのことは出来る。
しっかしなんでお菓子ってこんな難しいんだよ!!
そう、それというのも、俺の同室で恋人の、遠野という奴が、バレンタインデーに俺にチョコをくれたまではいい。
それがなんと手作りで、俺にまでホワイトデーは手作りしろ、と言わんばかりに、お菓子の本なんか寄越すからだ。
まったく何考えてんだか。
それでやっちゃう俺も俺で、あいつに弱いっつーか。
「んん?なんだコレ、ベーキングパウダー??」
ケーキって、焼けば膨らむんじゃなかったのか。
クッキーは型とかなんか難しそうだし、飴なんか職人でもないから出来るわけないし、マシュマロもあんなん出来そうにないし…。
っつーことで、流して焼くだけ、と思っていたケーキにしたんだけど。
しかも失敗しなそうな、パウンドケーキってやつ。
まず卵割る時点で10回、つまり1パック失敗して、さっきまたスーパーまで買いに行ったのだ。
なんで卵って殻なんかあるんだよ。
だから殻と中身がめちゃくちゃんなって、使えなくなんだろ。
そんでその後バター溶かす時に楽して電子レンジでやろうとして、焦げたし。
その後砂糖の量間違えて…。
朝からやってるのに、まだ終わらない。
今、16時なんですけど!
「よし、今度こそは…。」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、型に流し込んだ。
もう何回目だよ、これ。
俺は粉まみれになりながら、今度こそは、
と成功を祈った。
お菓子作りがこんな大変だとは思ってもみなかった。
遠野も、こんなに苦労したんだろうか…。
俺のために。
うわ、なんか俺やっぱすっげー愛されてんじゃん。
遠野は普段そういうこと言う時も表情変えないからな。
でも、これが上手く出来て渡したら、あいつ喜ぶだろうな。
『ありがとう名取、愛してるよ』
なんて言って、笑って。
フフフ、楽しみだぜ。
これで夫としての顔も立つってもんだな。
頼むから、上手く出来てくれよ…ケーキ…。
ピー、ピー、ピー。
「ん?あ、あれっ?」
俺、今何してたっけ?
頭の中で電子音が鳴って、現実に帰った。
「うわ!やべっ、俺いつの間に!」
俺何やってんだよ!
こんなとこであろうことに居眠りなんて。
嘘だろ、ケーキは…?
きっとさっきのは、出来てるやつを早く取り出せってやつだよな。
だってさっきから何分経ってるんだよ。
俺はおそるおそる中を覗いた。
「あぁ、やっぱり…。」
俺はがっくりと肩を落とした。
見事に表面が焦げているのがわかったからだ。
時間見ながら焼かないとダメだってのにな。
また失敗かよ…。
こんなんじゃ遠野にバカにされるに決まってる。
俺は情けなくて、でもこんなに頑張ったせいで、疲れてその場に座り込んだ。
「表面だけ取れば食べれるんじゃないか?」
ふと、後ろから声がした。
誰もいないハズの食堂に、その渡す相手、遠野が立っていた。
「な、な、遠野っ?!」
「うん、多分大丈夫だ。」
ふきんでそれを掴んで取り出して、見た遠野はそう言って、てきぱきと型から出し始めた。
「つーかいつから見てたんだよ。」
恥ずかしいじゃねーか。
こんな間抜けなとこ。
仮にもその相手だっつーのに。
「うーん、9時ぐらいから?」
「ずっとじゃねーかよ!!」
なんで俺も気付かないかな。
こいつ気配ないんだよ。
いきなり後ろから話し掛けてこられてビビる時あるし。
そういうところもわけわかんないんだよな。
「名取が俺のために頑張ってくれてるの、見たかったから。」
「え…っ、あ、あぁ、ま、まぁな。」
そんでそういうことは恥ずかしげもなく言うし。
一体どんな人間なのか、付き合って一年以上になるけど、未だにわかんないんだよな。
「名取の気持ちだけでいい、俺は。」
「えっ、あ、そ、そうか?」
俺の方が恥ずかしくなって、しどろもどろになる。
そんな俺をよそに、遠野は涼しい顔でケーキを切っていた。
「名取…、ごめん、努力は買うけど…、美味しいとは言えない。」
その一片を口に入れて、遠野は難しい顔をした。
仕方ないか、俺、お菓子なんか作ったの初めてだもんな。
あんまり美味しくないのは。
「げっ!なんだこれ、マズっ!!」
あんまり、とか、美味しいとは言えないっつーレベルじゃねーぞ!
つーかよくこんなん飲み込めたな。
俺はむせながら、まだ食い続ける遠野の手を掴んだ。
「無理すんな。もう食わなくていいって、遠野。」
「でもせっかく作ったんだし…。」
そりゃそうだけど、こんなん食ったら遠野の命が危ない。
明日んなって死んでた、なんて俺やだもんな。
あーでもお返しが結局ないのか。
うーん、どうすっかな。
「あ、じゃあさ、俺をプレゼントーなんて。よくやるよな、エロ漫画とかで。」
冗談で言ったつもりだったのに。
「そうか、じゃあ今夜は俺が何してもいいんだな。」
「いやっ、そういう意味じゃなくて…!」
俺は忘れていた。
こいつが冗談の通じない、というか、人とはズレてるってことを。
まさかこないだみたいに役割変われ、とか言うんじゃないだろうな…?
遠野は俺の手を取り、耳元で囁いた。
「名取の初めては俺が貰ってやるよ。」
「――――っ!!」
ああぁ!俺のバカ!
遠野の奴すっげー楽しそうにしてるし!
いや、あの座は譲らない!
俺にもプライドってもんがあるんだ。
「さ、行くぞ。」
「いやあの、片付け、これ、片付けないと!」
慌てる俺はどんどん遠野に引っ張られて行く。
ちょっと考える時間だって欲しいんだよ。
どうすれば防げるか。
「終わった後で俺が片付けとくから。」
あ――っ!!嘘―――っ!!
俺、貞操の危機。
そんな俺とは逆に、遠野はいつもの表情が崩れて、
満面の笑顔だった。
END.
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